第07話 襲撃
霞が住み着いてから一週間程経った今、俺は猛烈に後悔していた。後悔の原因は俺が両手で抱えているこのダンボール箱の山だ。
「おい霞! 勝手に通販するなって何度言ったら分かるんだ!!」
そうパソコンの使い方を覚えた霞はいつのまにやら通販の使い方までマスターして勝手にポチりまくるのだ。無職の俺では株やら宝くじやらがなければ、とてもじゃないが賄えなかっただろう。
「お! 新しいの来たんだあ」
ひったくるように俺の持っている箱を奪うと慣れた手つきで箱を開けて中身を取り出す。一つ目の荷物の中身はどうやら夏物のブラウスだったようだ。
「また服かよ……。服好きだなあ……」
「うん、最近の服ってかわいいの多いんだもん。全部着てみたいくらいだよ」
霞は言いながら、早く袖を通してみたいのか上着を脱ぎ始める。俺は一瞬見えた真っ白な背中に罪悪感を抱きつつ慌てて後ろを向く。こいつには羞恥心というものがないのだろうか。
「だいたいお前、服自分で替えれるじゃないか。わざわざ買う必要あるのか?」
「もちろんだよ。あれはあれで疲れるし。それにわたしのお金だからいいの」
自分のお金っていうのは聞き捨てならない。確かに幸運を呼んだのは霞なのかもしれないが、それもこれも俺の投資や宝くじ購入があってこそのものだ。
「俺の投資で増えたお金だ。無駄遣いするんじゃない」
「知ってる? いくら種があっても万年雪の中じゃ、どんなに待ったって芽はでないんだよ? 投資とかの種をまいたのは小太郎かもしれないけど、春にしたのはわたしだからね?」
「でも、やっぱり種がなければダメなわけだろう?」
「そう、だから半分は小太郎ので半分わたしの」
着替え終わった霞はほかの荷物も手当たり次第に開けていく。俺は仕方なくタマゾンやらヨドガワやらのダンボール箱をつぶしてはまとめて行く。
「あ、これは小太郎のだ。ほら、見て見て」
そういって霞はお洒落な男物の服を広げて見せる。こんなもの頼んだ覚えはないから霞が勝手に注文したのだろう。
「わたしの服と合うようになってるんだよ! ほら、着替えてみて」
大輪のひまわりが咲いたような笑顔でそう言われてしまってはどうしようもない。ため息を一つついて言われたとおりに着替え始める。
「思った通り! すっごい似合ってるよ」
唯一持っている小さな手鏡に映る俺は、今までの地味なブラック企業勤めのくたびれたサラリーマンではなく、お洒落なカフェで珈琲でも楽しんでいそうなイメージになっていた。服装一つでこんなにも変わるのかと感心していると、アパートのドアがノックされる。
「はーい! 今行きます」
また新しい荷物でも届いたのだろうかとドアを開けると、そこには宅配のお兄さんなどではなく、運慶と快慶が作った仏像のようないかついおばさんが仁王立ちで待ち構えていた。
「その表情からしてアタシが来た理由は分かってるようだね」
「大体は……」
このいかついおばさんはこのアパートを所有する大家さんだ。要件というのは考えるまでもなく霞の事だ。なぜなら、このアパートはシングル向けの物件で家族や友人などの宿泊ですら禁止という契約になっている。
「その子がそうかい」
「初めましておねえさん。久世霞といいます」
育ちの良いお嬢様のような洗練された仕草で霞は大家さんに挨拶をする。だが、このおばさんはそのような事ではゆるがないだろう。彼女が遊びに来ていただけで追い出されている住人を何人も見ている。ましてや霞は住み着いているわけだから言い訳する余地はない。
「家族でも宿泊は禁止だよ。久世さん。契約違反だすぐに出ていっておくれ!」
「すみません。でもさすがにすぐには……。せめて新しい部屋が見つかるまでは……」
「ダメだよ!契約違反は即時退去!!」
やはりそういう事になるだろう。今はお金はそれなりにあるし、追い出されたところでホテルを転々としながら住むところを探すことはできるだろう。一番の問題は現在俺が無職だって事だ。安定した収入源を示せないと部屋を借りるのは不可能に近い。
「おねえさん! これには事情があるんです。実は――」
霞は大家さんに話し始める。色々ひどい目にあっていた霞が、何とか逃げたし小太郎を頼ってきたという筋の話だった。どこまで本当かは分からないが恐らく真実もかなり含まれていると思う。
しかし、この血も涙もない大家さんに泣き落としが通用するがない。そう思っていたのだが、大家さんは大粒の涙をぽろぽろ流して霞の話に感動していた。
「大変だったんだねえ……。契約は契約だから出ていってもらう事には変わりがないけど、新しい部屋が見つかるまではここでゆっくりしていっとくれ」
しばらく猶予はできたが明日からは部屋探しを始める必要があるようだ。
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