第68話 王手
席を外していたココの母親が両手に大きな荷物を抱えて部屋に戻ってきた。それを見たココは短い悲鳴を上げて言う。
「ちょっと、お母さん。それはダメですう」
「あら良いじゃない。可愛い子供のココも見てもらいなさい。久世さん、ココのアルバムをみてやってくださいな」
母親が差し出してきたのは、二冊のアルバムだった。俺は受け取ったアルバムを容赦なく開いて中を見る。
「きゃああ。小太郎さん、見ないでください後生ですう」
「そんなに恥ずかしがることないだろう。この写真とかほら可愛いじゃないか」
「え、本当ですか。褒められるのはやぶさかではないですう」
「やぶさかの使い方間違ってるぞ」
流石に諦めたのか、ココはアルバムに納められた写真を一つ一つ指さしては、その写真にまつわるエピソードを教えてくれる。
どのページの写真もココは一人で写っていて、友達が殆どいなかったというのはどうやら本当のことらしかった。いつも霞たちと楽しそうに話しているからか、普段の印象とは違うココの姿がそこにはあった。
ちょうどアルバムを見終える頃、装束というのだったか、平安時代の衣装のような服装をした男性が部屋に入ってきた。その姿を見たココが「あ、お父さん」と口にしたので、この男性がココの父親という事で間違いないのだろう。
「初めまして。久世さんですね。私がココの父親で、ここの宮司をしております」
握手を求めてくるココの父親は、ニコニコと笑顔を絶やさない人の好さそうな人だった。年のころは俺より一回り以上は年上だろうか、髪に白いものが混じり始めているのが見える。
「瑞雲さまには既にお会いになられたんですよね?」
「瑞雲というのは?」
「小太郎さん、天狗のおじさんの名前が瑞雲だよ」
唐突な人名に意味が分からない俺に横からココが耳打ちしてくれた。さっきのあの天狗、瑞雲なんて言う名前だったのか。
「ああ、それなら確かに会ったが」
「それは何よりです。瑞雲さまは何か言っておられましたかな?」
ココの父親がなんとも不思議な質問を投げかけてくる。俺は先ほど天狗と話していた時の事を思い出す。
――『ふむふむ。なかなか好ましい魂をもっておるな。合格だ』
天狗にじっと目を見つめられた後、確かにそう言われたはずだ。
「確か合格とかなんとか言われたが……。それが何か?」
それを聞いたココの父親は、ぽんっと手を打ってニコニコと上機嫌で言う。
「それなら問題はありません、結納はいつにしましょうか?」
唐突な言葉に俺はお茶を吹き出しそうになる。それは隣に座るココも同じだったようで、むせてせき込んでいる。
「は? どういうことだ」
「お父さん、なにいってるの!」
俺とココの反応をみた父親は眼をすっと細め、底冷えするような低い声でつぶやくように言う。
「ほう、久世さんはうちのココに不満があると?」
「いやいや、そういう意味でなくてだな。ココの気持ちの問題もあるし、それにまだ高校に上がったばかりだろ? 幾らなんでも気が早すぎないか?」
父親はココに「嫌なのか?」と問いかる。聞かれたココは返事もせず黙っているだけだが、尻尾をバフバフと振っている。父親は嬉しそうな尻尾を見て満足そうに頷いている。どうやら家族には尻尾が見えているんだなと変な所で感心してしまった。
「瑞雲さま程の人が、ココの相手として不足は無いと認めた事実。それに聞くところによれば久世さんは収入面でも不安はなさそうです。そしてなにより、ココも嫌がっておるどころか喜んでいるように見える。ならば結婚は早ければ早い方がよいのが道理でしょう」
まくし立てるような勢いに押されて、つい頷いてしまいそうになるが負けてはいられない。
「だが、まだお互いなにも知らないわけだし。そもそも俺は結婚なんてするつもりはない」
俺の返答を聞いたココの父親は、がっくりと肩を落としてため息をついて言う。
「はあ、久世さんは何もわかってないですね。これはあなたの為でもあるんですよ……。
いいですか? 私と家内は早くから結婚すると決まっていたのですが、大学を卒業するのを待って、就職して数年経つのをまって……。
そして、ようやく結婚した時には家内は既に二十六歳でした。
これで私の言いたいことが分かりましたか?」
「いや、さっぱりわからんが……」
「つまりですね。私は時間をかけすぎたせいで。若く、美しく、みずみずしい妻が衰えて劣化していくのを、指をくわえて見ているだけになったんです!」
続けていかに劣化していったかを熱く語り始めるココの父親。背後に立つ、都さんでも裸足で逃げだしそうなほどの怒りのオーラを発している人物には気付かないまま……。
「へー、あなた私の事を、劣化してるとか、衰えてるとか思ってたんですか……」
「ひっ……。嫌だなァ、君はいつでも美しいよ」
「ココさん。久世さんとゆっくりお話ししててくださいね。私はお父さんと話す事がありますので」
声にならない悲鳴を上げるココの父親は、有無を言わせずどこかへと連れ去られていく。
その後、用意された夕食を食べて帰ったのだが、敬語でぎくしゃく話すココの父親からはもう結婚話が出ることは無かった。
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