第67話 歓待
とりあえず参拝からという事で、手水舎でココに正しいやり方を教えてもらって手水をいただく。あまり神社に参拝する習慣がなかったせいで作法など知らないことばかりだ。
ことあるごとにココに手を引かれて、いろいろと作法の間違いを指摘される。いい機会だし覚えようと質問しながら覚えていくのだが、ココは俺の細かい質問にも嫌な顔をするどころか、なにやらニコニコと楽しそうにしている。
「ココ、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
「小太郎さん、作法とか全然知らないから。今日は私が先生で楽しいんですう」
「なるほど昨日の逆だな。ココ先生、神社の事を色々教えてください。だな」
「小太郎君。任せておきたまえですう」
薄い胸を張ったココは決め顔で請け合う。その後もココに色々と教わりながら、なんとか拝殿で参拝を済ませる事ができた。
「この神社には、ココのご先祖様が祀られてるんだよな。不思議な気分だな」
「そうですか? 別に不思議な事は無いと思いますけど」
「ココはな。そうだな、例えばクラスの友達のご先祖様が歴史上の人物だったらどうだ?」
「ううん。それは変な感じですう」
ココはなにやら考え始めたかと思うと、俺の顔を見つめてニヤリと犬歯をのぞかせて言う。
「小太郎さん! なら、ご先祖様じゃなくて私を崇めてくれてもいいんですよ。御利益満点ですう」
「ココが神様か……。学問は御利益なさそうだし、金運も微妙そうだし……。ありがたみが全く感じられないんだが」
「こ、小太郎さん。ひどいですう」
ココが俺の胸をポカポカと殴りながら抗議の声をあげるが、言葉とは裏腹にニコニコと楽しそうな表情を浮かべているせいで台無しだ。
俺は「悪かった」と言いながらココの頭を撫でてやる。勉強を教えているときに気付いたのだが、ココは頭を撫でられるのが好きなのだ。こんなところまで犬っぽい。
「あ、こっちですう」
ココに袖を引かれて行った先に見えてきたのは社務所だった。近づいていくと扉が開き中から女性が一人外に出てきた。
社務所から出てきた女性は、巫女装束のようなものを身に着けているが、袴の色が朱色ではなく薄い緑と異なっている。その姿をみてココが反応を見せる。
「おかあさん」
「久世様ですね、ようこそおいでくださいました。いつも娘がお世話になっています」
ココの母親は洗練された物腰で頭を下げる。とても若作りな母親で、俺より少し上位の年齢なのだと思うが自信が持てない。目鼻立ちがココによく似ているし、服装次第で年の離れたココの姉と言っても通用するかもしれない。俺はお土産を手渡して、あいさつを返す。
「それではご案内いたしますね」
「小太郎さん、こっちこっち」
歩き出した母親の後ろから、ココに手を引かれてついていく。関係者以外立ち入り禁止と書かれた立札を抜けて、しばらく歩いたところで二階建ての大きな一軒家にたどり着く。
「小太郎さん! 私のお家へようこそ」
玄関をくぐったところでココの母親は、お茶を淹れに行くと言ってどこかへ行ってしまった。
残された俺はココに連れられて客間へと通される。綺麗に手入れされた庭が見える客間は畳敷きで、大きな金屏風が立ててある。
「神社といいこの家といい、実はお嬢様だったのか……」
「なんか気になる言い方ですう」
「全然お嬢様らしく無いからな……」
言われてみれば確かに、ココの通うのはお嬢様学校として有名な女子高だ。それに今着ている服を始めとして質のいいものを身に着けている事が多い。値踏みするような視線に気づいたのかここは頬を膨らませる。
「小太郎さんひどいですう」
「悪かったよ」
そんなやり取りをしていると障子が開いて、ココの母親がお盆にお茶と菓子を乗せて部屋に入ってきた。
「あら、ココがこんなに楽しそうにしてるなんて珍しいわね」
「へえ、そうなのか」
「ええ、この子は体質のせいで昔から友達も居なくて、ずっと一人で遊んでましたから」
ココの母親はお茶の入った湯呑を並べながら話す。色々な出来事を思い出したのか、ほんの少し悲しそうな表情を浮かべたように見えた。
「ほんとにもう、一人で兼ね役おままごとをやってるのを見つけた時はどうしようかと……」
「ちょっとお母さん! もうあっち行ってよう」
「あらあら、一人前に恥ずかしがっちゃって」
ココは母親をぐいぐい押して部屋の外へと追い出そうとする。母親は「久世さん夕食も食べてってくださいね」と言い残して去っていった。
「小太郎さん、忘れてください」
「一人でままごとか……。誰にも言わないと約束しよう」
俺はココの悲しい過去は、誰にも言わないでおいてあげようと心に誓うのだった。




