第66話 神社
思った以上に資料漁りが大変だった件……
日曜の朝、天気はいつも以上に良いのだが、俺の気分は重かった。その理由は電車の中、俺の隣で無表情で立っているターボババアだ。雪さんと都さんは、二人で買い物に行く予定があって来られなかったし、霞は夜更かししてゲームをやり過ぎたとか言い出して布団から出てこなかった。
ターボババアの姿は誰にも見えないはずだし、結局必要なかったが一応切符は買ってある。見よう見まねで渡した切符を自動改札に入れて通過していたし、それなりに知能はあるようだ。退屈なターボババアの観察も次の駅で終わる。
「あ、小太郎さーん。待ってました」
駅のホームに降りると、ココが手を振りながら走ってくるのが見えた。今は尻尾と耳は隠しているようだが、もし出していればブンブン尻尾を振っているのは間違いないテンションだ。
「あの、小太郎さん。ターボババア居るんですよね?」
「ん? 見えないのか?」
ココと話をしながら駅の構内を歩く。もしかしたら尻尾と耳を隠すと力も自然にセーブされるのかもしれない。俺はココに案内してもらいながら改札を抜ける。
「この状態だと見えない……。あ、だれも居ないのに自動改札が動いてますう」
自動改札の機械はちゃんとターボババアが通り過ぎると閉じる。電車に乗る時もそうだったし、もしかしたら機械はちゃんとターボババアは認識できているのだろうか。
駅から出た俺はココについて行く。この辺りは、俺たちの部屋がある場所に比べて郊外なこともあって自然が多い。ココは駅前の大通りをまっすぐ進んでいく。
大通りは暫く歩いたところから急に森の中へと伸びていく。森の手前には巨大な鳥居があるのが見える。ココの実家の神社というのはこの先にあるのだろう。もっとこじんまりとしたものを想像していたのだが、思っていた以上に規模が大きいようだ。
少し緊張しながら鳥居をくぐって少し歩いたところで、俺はココを呼び止める。
「ココ、ちょっと待ってくれ」
「小太郎さん?」
「ターボババアが、鳥居の前で立ち止まって入ってこないんだが……」
そういえば、鳥居は神社の神域と俗界を隔てるものだったか。妖怪だから神域にはいれないのだろうかとも思ったが、盗人神社の時にはみんな入っていた。恐らくターボババアの力が弱すぎるという事だろう。
「入ってこれないのか?」
念のためにターボババアに聞いてみる。やはり無表情で無言のままだが、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「おじさんからメッセージですう。もうすぐ着くって」
「それは助かる。なら中には入らずに待ってようか」
俺は通ってきた大通りの方へと目をやって、それらしい人を探す。神社の関係者なら神職なのだろうが、道行く人の中に姿は見えない。
「小太郎さん、おじさんが見えました」
振り返るとココは明後日の方向を指さしている。どういうことかと思い目をやって、俺はそれを発見する。なんとそこには空を飛ぶ天狗の姿があった。昨日電話で「飛んでいく」と言っていたが、まさか文字通り空を飛んでくるとは思わなかった。
空を飛ぶ天狗の速度は相当なもので、この様子だと間もなくここに到着するだろう。近づいてくるにつれ修験者のような衣服や、背中から生えた猛禽類を思わせる大きな翼などがはっきりと見えてくる。
初めて見る天狗に見惚れている間に、目の前にワサワサと羽ばたきながら降りてきた。赤ら顔から鼻が伸びていて、どこからどうみても天狗以外の何物でもない。
「ふむ。ちゃんとワシの事は内緒にしておったようだな」
「そりゃそうだよ。小太郎さんの驚く顔が見たかったし」
ココと天狗は「大成功」などと言いながら、楽しそうにハイタッチをしている。
「それより、ターボババアを成仏させてくれるっていう方は大丈夫なのか?」
「ふむ、それなのだがな……。残念ながらワシにはそ奴を成仏させてやることはできん」
まさか俺にドッキリを仕掛けるためだけに適当な事を言ったのか。驚く俺に天狗は満足そうにニンマリと笑って言葉を続ける。
「成仏は仏教用語だからなあ。ワシにはこの御霊を鎮める事しかできん」
普段当たり前に使っている言葉だから、簡単に引っかかってしまった。確かに葬式などの香典でも、宗派によって御仏前と御霊前とつかいわける。
「確かにそうだな……、これは一本取られた。こいつの事をよろしく頼む」
「うむ、任せておくとよい。山へと連れ帰って鎮めてみせようぞ」
俺はお土産としてもってきていた角樽を天狗に差し出す。無難だろうと選んだ酒だったのだが、正解だったようで天狗はニンマリとして受け取ってくれた。天狗って酒好きそうだもんな。
「久世小太郎殿、もう少し顔を良く見せてはくれんか」
そういうと天狗は俺の肩をがっしりと掴み、俺の目をのぞき込む。突然の出来事に逃れようとするが、天狗は思いのほか力が強く微動だにできない。
「ふむふむ。なかなか好ましい魂をもっておるな。合格だ」
暫く俺を見つめていた天狗は、高らかにそう宣言すると歩き出す。鳥居の外でまつターボババアを右手に、左手には先ほどの角樽をもってすごい勢いで飛んで行ってしまう。
「どういうことだ。合格って……」
「さあ? さっぱり……」
「折角だし、ココの両親に挨拶してから帰るか」
俺の言葉を聞いて、社殿に向かって歩き始めたココの後についていく。かなり大きい神社なのは間違いないらしく、結構な人数の参拝客と神職や巫女とすれ違う。
「小太郎さん、肩なんてさすって。どうかしたんですか?」
「いや、さっきの天狗に捕まれてたところがちょっとな」
「ああ。おじさん力強いですからね。相撲を見るのも取るのも大好きなんですよ」
言われてみれば、天狗にも相撲好きというエピソードが結構ある。安太郎と天狗で相撲を取ったらどちらが勝つのだろうか。いつか見てみたいものだ。




