第65話 夕食
「やっと見てくれました。ターボババアを成仏させるんですよね? なんとかなるかもしれませんよ?」
ココの言葉に俺だけでなく、霞たちも不思議そうにしている。ココは見た目通りの年齢だし、先祖返りの人狼なせいで妖怪なんかの知識も少ないはずだ。
「なんとかなるってどういう事だ?」
「うち、神社じゃないですか? だから大丈夫だと思うんですう」
「神社ってなんだ? 初耳なんだが?」
ココは神主の娘だったのか。それ自体も初耳だが、神社だから大丈夫というのはもっとわけが分からない。
「ココさん。神社だから何とかできるというものでは無いのでは?」
「えっとですね。先祖返りの事で色々相談している人が居まして……」
やっと話が見えてきた。そういう相談に乗れる位の知識のある人なら、ターボババアのの事も任せられるかもしれない。
「なら相談してみるか。すぐに連絡が取れるのか?」
「ええ、ちょっと都合を聞いてみます」
ココはスマートフォンを取り出すと電話をかける。しばらく待ったところで相手が出たようで、ココはいまいち要領を得ない説明をつづけている。
「お前の話じゃ分からないから、みんなの話を聞かせろって」
ココはスピーカーに切り替えるとスマートフォンをテーブルの上に置く。
「もしもし、ちゃんと聞こえてるかな?」
「大丈夫である。そなたが久世小太郎殿かのう?」
「ああ、挨拶が遅れたな。久世小太郎だ。よろしく頼む」
俺は手短にこれまでの事を説明する。ターボババアでは伝わらないかもしれないので、土転びとして説明することも忘れない。
「なるほどな、ココの話と相違ないな」
「なら、ココの話でわかってたって事じゃないか」
「すまぬな……、早く噂の久世小太郎殿と話してみたくてな」
噂のっていうのはやはり、あの木塚の週刊誌記事のせいでマスコミに騒がれた件の事だろう。座敷わらしの霞のお陰であって、俺の力ではないと説明する。
「いや、そうではないココの両親から何度となく名前を聞かされているのでな」
「どういうことだ?」
「それはココの奴がおぬしに――」
相手が答えるより早く、ココが話に割り込んでくる。
「ところでっ! おじさんいつ来てくれるんですか?」
「む。そうであったな。小太郎殿の顔も見たいしな。明日の日曜、神社に飛んで行くとしよう」
そこでココはスピーカーを切って、挨拶をしたかと思うと電話を切ってしまう。しかし、明日とは思ったより早くて助かる。ターボババアに何日も付きまとわれるというのは、気持ちのいいものではない。
「ターボババア、聞いた通りだ。明日また来てもらえるか?」
俺の言葉が聞こえていないのか、ターボババアは微動だにせず無表情のまま立っている。見かねたのか霞がターボババアに近づいていき話しかける。
「ジョウブツ、アシタ、マタクル、アンダースタン?」
「いや、無理だろ……」
しかし、ターボババアには頷くと振り返り、手すりを乗り越えて飛び降りるとものすごい勢いでどこかへと走り去ってしまった。
「まあ、伝わったみたいやし。これお土産の魚ですわ」
やっと本来の用件にもどって、安太郎がお土産の魚を差し出す。どうやら今日はニジマスを持ってきたようだ。大きさも揃っていて美味そうだ。
「これだけサイズ揃えて捕まえるのは大変だっただろ?」
「これと相撲位しか特技がありませんからなあ」
「私も手伝いますね。ご飯を炊いたりなら手伝えますし」
魚を受け取った霞と雪さんは早速キッチンへと向かっていく。どんな料理になるかは知らないが、美味い料理になるのだけは間違いないだろう。
「ココも食べていくんだろ?」
「はい、今日はお父さんが迎えに来てくれますので」
ココの父親か直接会ったことは無いが、明日には顔を合わせることになるだろう。何か手土産を用意して持って行った方がいいかもしれない。
しばらくして料理が出来上がり、テーブルに並べられていく。
「こりゃあ何だい? ニジマスはどこへいっちまったんだい?」
料理を前にして都さんが驚きの声をあげるが、それも当然で出てきた料理はパイだった。霞は驚く俺たちに勝ち誇ったような表情で料理の説明を始める。
「これはねえニジマスと、クリーム仕立てホタテのムースを交互に重ねてパイ生地で包んで焼いたんだよ。美味しそうでしょ」
毎度のことながら、霞の料理の上達ぶりには驚かされる。確かに話を聞くと美味そうだし、美味いのだろう。
「安太郎ちゃんにはこっちね。キュウリの肉巻き焼きに、モロキュウ。それに少しだけ醤油でもんだ薄味漬物に……」
相変わらず安太郎向けはキュウリ尽くしなようで、安太郎は我慢できないのか説明も聞かずに食べ始めている。
「酒だよ酒。このパイ料理も意外と酒に合うねえ。安太郎も飲むだろ?」
「姐さんおおきに。こりゃあ美味い酒ですなあ」
都さんは安太郎に酒を進めながら楽しそうに飲み始める。俺も霞も雪さんも殆ど飲まないせいで、いつもは物足りないらしい。そういった事情もあって、安太郎と都さんは気が合うらしく最近仲がいい。
「霞さん、本当に美味しいですね」
「私もこんなに美味しい料理は初めてですう。今度お料理も教えてください」
「まずは学校の成績が上がってからだな」
俺の言葉を聞いたココが、苦虫を噛み潰したような表情をするのを見て皆が笑う。食事をしながらの雑談はターボババアの話題になる。
「いつの間にやら土転びが、ターボババアになってたなんて驚きだよ」
「なんだ霞、土転びは知ってたのか」
「そりゃ知ってるよ。別に珍しい妖怪じゃないからねえ」
霞の言葉に、雪さんと都さん、それに安太郎までもがうんうんと頷いている。
「そんなにいっぱいいるのか? 勘弁してくれ」
「小太郎さん。明日成仏させてもすぐに、第二第三のターボババアが……」
ココがさっきの仕返しとばかりに想像したくもない事を言う。あんな無表情な婆さんが、何人も並んでいる姿を想像するだけでも萎えてくる。
やり取りを見ていた雪さんが、何かを思いついたような得意げな表情で言いはなつ。
「土転び八起です。小太郎様は最終的に必ず勝つんです」
ココは初めて聞いた雪さんのジョークに、張り付いた表情を浮かべたまま固まっている。雪女に氷漬けにされるっていうのはこういう事なのかもしれない。
大量のターボババアに囲まれる小太郎……




