第63話 日常
「確かに相談に乗るとは言ったが、完全に入り浸ってる気がするんだが?」
俺の視線の先には、我が物顔でソファーに寝そべり、漫画を読みふけっているココの姿があった。それだけでなく、コーヒーテーブルの上には、ポテチと飲み物までセッティングされている。
どうやら耳や尻尾を隠している状態は、ストレスが多いらしく、うちでのんびりしているときは出しっぱなしになっている。その耳と尻尾も、だらしなく垂れてしまっていて、昼寝直前の犬のような状態だ。
「えー、だって霞さんのご飯は美味しいですし。雪さんと都さんも優しくしてくれますし。宿題は、小太郎さんに手伝ってもらえばすぐ終わりますし。おとーさんとおかーさん達みたいに勉強しろしろ言わないし」
「そうか分かった。たっぷりと勉強させてやろう。こう見えても高校の成績は常に上位だったしな」
にやりと笑って見せる俺をじっと見つめるココ。しばらくして、ぱっと表情を曇らせる。どうやら、本気で勉強をさせてやろうと考えているのが伝わったようだ。
ココは狼耳をピンと立てて、尻尾を振りながら周りに助けを求める。ココの前に飛び出して俺を威嚇するフランソワ鈴木。もはや完全に普通の犬となっていてココの方が序列が高いらしい。
ちなみに上から霞、大輔さん、ココと言った風になっていて、俺は最下位でフランソワより下だと思われている。
「都さん、雪さん。私、無理やりに勉強させられちゃいます! 助けて下さい」
「コタロー、悪いけどココに付かせてもらうよ」
「小太郎様、嫌がるものをやらせるのはどうかと思います」
あっさりとココの味方につく二人。仲良くなった女性同士ならではの連携だが、こうなることは既に予想していた。俺は即座に反撃を開始する。
「都さん、例の通販サイトで、取り扱ってくれって頼まれた銘酒を貰う予定なんだが……」
「コタローそれを早く言っとくれよ。さあココ、観念して勉強するんだね」
あっさりと俺の軍門に下る都さん。続けて雪さんへの調略を開始する。
「雪さん、前に見たいって言ってた映画あったろ? 一緒に見に行かないか?」
「小太郎様、本当ですか? でも、ココさんを裏切る訳には……」
「雪さん……。ありがとうございます」
雪さんは手ごわいな。ココは誘惑に負けない雪さんに対して感動している。他に雪さんに対して切れるカードはないかと考える。
「雪さん、これはココの為でもあるんだ」
俺の言葉に雪さんはピンとこないらしく、いぶかしげな表情を見せる。
「小太郎様、どういうことですか?」
「ココが前に言ってただろ、俺たちの考えてる事は、かなり意識しないとわからないから居心地が良いって」
ココ曰く妖怪である三人もそうだし、俺の考えていることも、相当意識して読もうとしないと読めないらしい。そのおかげで意識せずに気楽に居られるらしい。
「だからさ、ここに入り浸っていたせいで成績が落ちました。なんてことになったら両親に止められるかもしれないだろ? それとは逆に成績が良くなったりしたらどうだ?」
「小太郎様の言う通りですね。さあ、ココちゃん勉強しましょうか」
「そう言われてしまっては、勉強するしかないですね……」
ココは諦めたようで、漫画の本を閉じるとテーブルへとやってくる。俺の顔をちらりとみてため息をつきながらも、鞄から勉強道具を出して準備を始める。狼耳がしょんぼりとして居るので乗り気という訳では無いようだ。
「まずは苦手からつぶした方がいいだろう。ココはどの教科が苦手なんだ?」
「苦手な教科しかありません!」
宿題を教えていた時から薄々気付いては居たが、成績はダメダメなようだ。まずは何か一つに絞って教えた方がいいかもしれない。それが解るようになって自信が着けば、他の教科にも身が入るようになるだろう。
「じゃあ、一番苦手そうな数学から始めようか」
「が、頑張ります……」
たっぷり二時間ほども数学をやっただろうか。ゲームに飽きたらしい霞が、飲み物を持ってきてくれたの合図に勉強を中断する。
「小太郎、ココちゃんお疲れ様だよ」
「霞さんいつもありがとうございます」
霞が持ってきたのはタピオカミルクティーだった。少し前に通販でタピオカ粉を買って、それ以来良く出てくるようになった。
「キリがいいし今日はこのくらいにしとくか」
「やっと終わりました。土曜にまでこんなに勉強するなんて……」
「よしよし、明日は朝からみっちり教えてやろう」
ココは「ひぃ」と小さな悲鳴をあげて狼耳を伏せてる。ほんと狼っていうより犬だよなと思うが、ココが言うには厳然たる差があるらしい。
「今日は安太郎ちゃんが来る日だっけ?」
「そうですね、霞さん」
「なら今日は美味い川魚に、さっきコタローが言ってた酒でいっぱいさねえ」
次回久しぶりの安太郎