第62話 犬神ココ
人狼ゲームの話だと聞いて、彼女の犬耳がしょんぼりとする。尻尾も力なく垂れさがっているように見える。
「その耳と尻尾まさか本物なのか?」
「えっ……。見えるんですか? あなたたちは一体何者なんですか」
俺は「ごくごく普通の人間だ」と答える。俺の言葉の後に「座敷わらしだよ」「雪女です」「鬼だけど?」と霞たちが続く。聞いている犬耳少女の表情がみるみるうちに変わっていく。
「えーっと。ごくごく普通の人間は、そんなにぞろぞろと妖怪なんて連れてないですよね?」
「確かに、少し変わってるところもあるが普通の人間だ。どうも驚かせたみたいですまなかったな」
自分を処刑するかのような相談を聞かされるのが不愉快なのは間違いない。悪気はないとはいえ申し訳ない事は確かだ。しっかりと謝罪するのが筋というものだろう。
犬耳少女は犬がやるように耳をぴくぴくさせて何かを探っているかのような様子を見せる。少しそうしてたかと思うと尻尾をバフバフと振り始めた。
「どうやら、いい人みたいですね! 私の名前は犬神ココ。よろしくですう」
「ああ、うん? 久世小太郎だ。よろしく?」
「どうして疑問形なんですか?」
いきなりぐいぐい来る犬神ココに戸惑う俺をよそに、みんなは普通に自己紹介をしている。霞に至っては既にSNSアカウントを教えあっていた。
「なあ、その犬耳は俺たち以外には見えてないのか?」
「犬耳じゃありません! 狼耳ですう。ほらよく見てください」
耳だけで狼と犬の違いはわからないが、本人的には全く別物らしく色々と違いを並べ立てる。とにかく、ある程度力の強い人間にしか見えないものらしい。
「耳も尻尾も普通の人に見えないのはよくわかった。でも、尻尾が見えない人からはとんでもない姿に見えてるんじゃないのか?」
ブレザーの制服のスカートは尻尾によって持ち上げられている状態だ。その尻尾が見えないという事はつまり、パンツ丸見え。もしかしたらお尻が丸見え状態かもしれない。
今は他に人は居ないからいいが、人が来たら大恥をさらすことになりかねない。
「キャアア、小太郎さん変態さんですう」
俺の言葉で気づいたのか、ココはなぜか俺を非難しながらその場にしゃがみ込む。しばらく息を整えていたかと思うと、耳と尻尾はかき消すように見えなくなる。
「これで大丈夫ですう」
「耳も尻尾も、引っ込められるんだな」
耳も尻尾もなければ、普通の可愛らしい女の子にしか見えないな。よく手入れの行き届いた耳と尻尾をモフれずに終わったのが少し残念だ。
「みっ、耳はともかく、尻尾は絶対にダメです! 触らせませんからねっ」
「えっ? 俺考えてた事が声に出てた?」
俺の言葉に対して、都さんが「いや、コタローは何も言ってないよ」と返事する。そうなるともしかしてココには人の心を読む力でもあるのだろうか。
「そうですう。名前を知ってる人の考えてる事は、ある程度分かります」
「やはりそういう事か納得したよ。今は俺の心を読もうとしてるって事か」
「いえ、その人の方を向くと自然と分かってしまうんです」
ある程度とはいえ心を読めるというのはすごいと思う。ただ、人の心を読めるというのもさぞかし生きづらいだろうな。嫌な思いをすることも多かっただろう。
「それはそれで大変だろうな。分からない方がいい事も多いだろう」
「はい……。そのせいで友達も少なくて……。ちょっと聞いてくださいよ!」
ココはそう言って堰を切ったように話しはじめる。子供の頃の意地悪な女の子の話に始まって、小学校での出来事など。
「なにより、中学の頃のクラスメイトの男子たちの妄想は最高にキモかったです! それで高校は女子高にしたんですう」
「ココちゃん、大変だったんだねえ」
「そんな奴らまとめて、ぶっ飛ばしちまえばいいんだよ」
心配そうに言う霞と、物騒な事を言ってる都さん。雪さんもうんうんと頷いている。これだけ可愛い子なんだから、中学生男子ならソワソワしてしまうのも仕方ない部分もあるだろう。それでもそれが伝わってくるというのは嫌なものだろう。
「それにしてもちゃんと戸籍を持ってる妖怪というのは珍しいな」
「妖怪じゃないですからっ! 隔世遺伝で両親は普通の人間なんですう」
「なるほど、じゃあご先祖様に人狼がいたって事なんですね」
雪さんが納得したような表情を見せて言う。そういえば雪女も人間と結ばれる話が多いわけだし、割と良く聞く話なのかもしれない。
「なので、相談できる人も殆どいなくて。小太郎さんたちに出会えてよかったです」
「普通の人間の俺にどこまでできるか分からないが、力にはなろう」
「ちょっとだけなら尻尾触らせてあげてもいいですよ。ちょっとだけですからね」