第60話 托鉢僧
すみません。お盆で忙しくて一日遅れました。
あれ以来、警察が直接何かをして来ることはなかったが、しつこく捜査し続けているのは確かだ。俺が出かけているときにも遠巻きに尾行しているのを感じる。もちろん、今日も朝から外には刑事が張り込みしているのが見える。
「毎日ごくろうな事だ」
「コタローにあらぬ疑いをかけるなんてとんでもない奴らだねえ。アタシが蹴散らしてきてやろうか」
都さんが物騒な事を言いだす。それができれば爽快この上無いだろうが、代償としてお尋ね者になってしまう。
「やめてくれ。犯罪の疑いが、犯罪そのものになっちまうだろ」
今日はオフィスへと向かう要件があった。通販関係を任せた後輩がある程度商品の絞り込みが終わったという事で、ちょっとした試食会が催されるのだ。彼の仕事ぶりは信用しているし、一任するつもりだったのだが、是非と言われては断る事もできない。
俺と霞、それに雪さん都さんいつも通りの四人でオフィスへと向かう。駅に向かって歩き始める、刑事が二人ついて来ているのがわかる。別に隠し立てするようなことも無いし好きにさせておけばいいだろう。
少し歩いたところで、雲水姿の托鉢僧がまっすぐに近づいてくる。他の誰でもない俺を目指して歩を進めているのは明らかだった。俺の行く手を防ぐように立ち止まり、微動だにしない托鉢僧の持つ鉢の中へ紙幣を一枚入れる。
黙っている托鉢僧の脇を抜けようとしたところで、托鉢僧が口を開く。
「鳳来氏を殺害した真犯人を我らはしっておりますぞ」
俺は思わず足を止め、托鉢僧の方を見るが網代笠を深くかぶっているせいで表情は見えない。警戒を解かずに言う。
「助かるな。警察なら後ろからついて来てるから話してもらえるか?」
「久世殿が我らの願いを聞き入れてくれるのならば」
「願いとはなんだ」
托鉢僧は網代笠を持ち上げ俺の目をじっと見る。
「やはりとんでもなく強い力を持っておられる。久世殿、我らとともに妖どもを滅ぼしては頂けぬか」
「悪事を働く妖怪を殺せという事か?」
「目につくものは全て」
俺は托鉢僧の目をまじまじと見る。どうやら本気で言っているようにしか見えない。
「人に迷惑をかけず、ひっそりと暮らしているモノまで殺す意味がどこにある?」
「これは異な事を。妖どもに良い悪いもありますまい。あ奴らは存在そのものが邪なものゆえ」
この托鉢僧がどのような組織に属しているのかは知らないが、俺とは致命的に考え方が異なることだけは分かる。
「お断りだ!」
「すぐに答えを出さず、ゆっくりと考えるのがよかろう」
それだけ言うと托鉢僧は、すたすたと歩いてどこかへ行ってしまった。
「コタロー、行かせちまってよかったのかい?」
「ああ。ただのメッセンジャーで、なにも知らないだろうからな」
都さんに返事をする俺の言葉を聞いて、雪さんは不思議そうな表情を浮かべる。
「小太郎様はどうしてそれが分かるのですか?」
「簡単な話だよ。みんなが居る前で妖怪を片っ端から殺して回ろうなどと言うのは、何も知らされていないってことだ」
口ぶりからして俺の事を調べ上げているのは間違いない。ならば、俺が普段から金剛丸の箱を持ち歩いている事も分かっているはずだ。
鳳来の手先をしていた術者の集団は、都さんが味方をしていても金剛丸相手に逃げ出したのだ。金剛丸や都さんが本気で掛かれば、あんな托鉢僧一人でどうこうできるものじゃない。説明を聞いた霞が驚きの声をあげる。
「さすが小太郎、なかなか良い考察するねえ」
「問題は、後ろの刑事達に托鉢僧の話をするかどうかだが……」
話せば托鉢僧も捜査対象に加わるのは間違いないが、俺と鳳来とのつながりもかなり疑われる事になるだろう。面倒な事に奴の残した手帳には俺の名前がびっしり書かれている。疑いがより深まるだけの結果になりそうだ。
それに、網代笠のせいで監視カメラに顔も映ってないだろう。カメラの死角で私服にでも着替えてしまえば追跡もできない。
「うん、無理だな。デメリットしかない」
妖怪をただ殺して回るという自分たちの正義に酔った集団か。口ぶりからしても簡単に諦めてはくれないだろう。しつこく付きまとわれたところで俺の気持ちは変わることはないだけに、ただただ面倒な集団だとしか思えない。
「ドンマイだよ小太郎。落ち込んだ気分は美味しい試食会で吹き飛ばすんだよ」
いつもながら霞のポジティブさには助けられるな。とりあえずは真犯人につながる手がかりを得られたことは確かだし、今のところはそれで十分ではないか。俺は気持ちを切り替えるために話題を変える。
「そうだな。結構数が多いらしいが、どんなものがあるんだろうな?」
「名産品ばかりのはずですから、やはり特色のある漬物などが多いのではないでしょうか?」
「うーん、美味しい佃煮も捨てがたいねえ。果物の線も……」
雪さんと霞の予想を聞いた都さんは、「肴ばかりじゃなくて、地元の酒もあるといいんだがねえ」と酒飲みらしい事を言いだす。だんだんと楽しみになってきて自然と歩みが早くなってくのだった。
次はいつもどおり間一日でいけると思います。