第06話 壁ドン
六畳一間に狭いキッチン、一応トイレはついているが風呂は無し。食事を終えた俺の前で自称座敷わらしの霞は、夕方と同じ長襦袢姿でにこにこと俺を見ている。
「なあ、聞きたいことがあるんだが……」
「うん、わたしに答えられることならなんでも聞いて」
「さっき出かけようとしてた時に、一瞬で着替えてたよな。あれってどういう仕組みなんだ?」
「服? あーあれはねえ。えいってやると変わるんだあ」
「それじゃわからん……」
さっぱり要領を得ない説明をする霞に、最初はアホの子かと思っていたが「じゃあ、小太郎は歩けない人にどうやって歩くか説明できるの?」と言われて言葉につまってしまう。存外頭は良いらしい。とにかく、聞いた話を総合すると意図的に服装を変える事が可能でデザインなどもある程度は思い通りにすることができるらしい。
俺はラップトップを取り出して、女性用の服を色々と検索して霞に見せる。単なる検索エンジンの画像検索結果だというのに霞は目を輝かせてみている。
「こういう感じの服に替えてもらえるか?」
言いながら検索結果の中の一枚を拡大させる。選んだのは女性用の部屋着の中でも露出が低くおとなしい普通のパジャマのようなデザインだ。長襦袢のような見慣れない服装で近くにいられると心臓に悪い。
「小太郎はこういうのが好きなの?」
「好きってわけじゃないんだが……」
見るのは二度目だが、あっという間に霞の服装が変わる。着替えた霞を見て心臓が止まりそうになる。一般的なパジャマではなく、いわゆるベビードールのような衣装になっていたからだ。霞は俺の様子などどこ吹く風といった様子で「どう? 似合う?」などと、のんきな事を言っている。
「ちょっ、ちょっとまて! 全然違うじゃないか」
「だって、可愛い方が小太郎もうれしいでしょ?」
確かにかわいい、かわいいのだけど目のやり場に困る。妖怪とはいえ見た目はどうみても普通の女の子だ。それも飛び切りの美少女が自分の部屋にそういう姿で居るというのは落ち着かない。女性経験豊富な猛者なら平気なのかもしれないが、あいにくと俺はそういうわけにはいかない。
「そもそも座敷わらしって、ふつうは子供なんじゃないのか!?」
「えっ……。小太郎はちっちゃい女の子の方が好きなの……?」
「そういう事をいってるんじゃない!!」
霞の斜め上の返答につい大きな声で否定してしまう。しまったと後悔したが時すでに遅し、壁の薄い安アパートだ隣の部屋にきっちりと聞こえていたようで、壁を殴る音に続いて怒鳴り声が聞こえる。
『うるせーぞ!』
俺は思わず壁に向かって「すみません」と頭を下げる。お互い忙しくて引っ越してきたときに挨拶した程度だが、確か俺より少し年下でどこかの工場に勤めていると言っていたような記憶がある。シフトの都合で今の時間に寝ていたのかもしれない。
「とにかく、小声で話そう」
「そうだね。でも、急に大きな声出したの小太郎でしょ……」
「なあ、座敷わらしって住み着いている間は家が栄えるんだよな?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、急に株で儲かったり宝くじに当たったのは霞の能力ってことで間違いないんだな?」
霞は少し自信なさそうに「多分そう」とだけ答えた。意識してやっている事ではないから自信がないらしい。
「じゃあ、霞が前にいた家は大変な事になってるんじゃないのか?」
「あんな家滅びた方がいい」
そう言った霞が見せた表情はぞっとするほど冷たいものだったが、同時に息を呑むほどに美しかった。だがそれは一瞬の事で、すぐにニコニコとした見慣れた表情に戻る。
「ねえ、そんなことよりそれ、わたしにも教えてくれない?」
誤魔化すように言った霞が指さす先には俺のラップトップ。妖怪とかアナクロなものがパソコンなんて言う科学の結晶に興味があるっていうのは実に面白い。霞が上手く使いこなせるのかは分からないが教える分には問題ないだろう。
「別にいいけどさ」
俺は霞にパソコンの操作方法を教えていく。意外と物覚えが良いようですぐに基本的な操作は覚える。
ただ、どうしても文字の入力に手間取るようだった。特にローマ字入力に手間取っていて素直にかな入力をすればいいのに「小太郎と一緒がいい」といってローマ字入力にこだわるのだ。そんな霞のために俺はコンビニまでヘボン式ローマ字綴方表をプリントアウトしに行く羽目になった。
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