第56話 古文書
お待たせしました。
宣材写真の撮影も終えて雪女に会える宿から戻って数日、霞たちは三人で買い物に出かけている。スィーツビュッフェで女子会ということらしい。
俺は部屋でひとりとういうチャンスを生かすため、古文書の詰まった箱を引っ張り出してくる。雪女襲撃の事について書かれている書類が無いかを探すためなのだが、空振りの可能性が高い。雪さんには内緒で進めたかったのだ。
内容を精査しようとしたところで、俺は頭をかかえてしまう。理由は簡単で読めないのだ。筆の連綿で書かれた文字なんて読めない。俺がまだ子供の頃、当時生きていた婆ちゃんがこういう字をはがきに書いてよこした記憶がある。
「これ本当に同じ日本語かよ……。えっと米の話か? これは違うっぽいな」
次から次へと古文書を引っ張り出すが、どれもまともに読めないものばかりだった。戦中戦後のものはかろうじて読むことができたが、話に聞いていた時代とは違うため雪女の里に関する記述は無いだろう。
「ダメだな。さっぱり読めない。解読とかどこに頼めばいいんだこれ?」
大学時代のサークル仲間や知り合いに、古典文学なんかをやってたやつがいただろうか。頼めそうな相手は居ないか考えていると、霞たちが帰ってきてしまった。
「小太郎ただいま」
慌ててテーブルの上に散らかっている古文書を片付けようとするが、間に合う訳もなく都さんが無造作に一冊を手にとる。
「なに読んでるんだい? もち米が三合にささげ? 料理のレシピかねえ」
「ロウソク購入金四分ですか、こっちは家計簿なんですかねえ?」
いつの間にやら雪さんも手にとってページをめくっている。
「読めるのか?!」
「そりゃあ普通の字で書いてあるんだから、当たり前だろうさね」
「小太郎様、読めない人なんて居ないとおもいますよ? ねえ霞さん」
「もしかして小太郎は読めないの?」
雪さんに内緒にしたかったのに見つかってしまったという事より、三人がこれをスラスラと読めることに驚いてしまう。
「すごいな……。こんなの読めるのお年寄りか研究者だけだと思ってたよ」
「あん? 誰がお年寄りだって?」
「小太郎様、さすがにそれは聞き捨てなりません」
「小太郎は晩御飯は要らないって言ってるのかな?」
どうやら俺は地雷を踏みぬいてしまったらしい。数秒後には必死で三人のご機嫌取りをする俺の姿があった。
なんとか赦しを得た俺は、みんなに事情を説明する。協力してもらう以上は隠し事は出来ない。雪女の里を襲った件に関する記述を探してほしいと頼む。
「そういうことかい。一肌脱ごうじゃないか」
「小太郎は変なところで水くさいねえ」
霞と都さんはそう言ってくれるが、やはり少し言いづらい事だった。雪さんの方をちらりとみると、にっこりと笑顔を見せる。
「小太郎様、お気遣いありがとうございます。でも、とっくに吹っ切れてますから大丈夫ですよ」
全員で力を合わせて、どんどん古文書が読み解かれていく。と、言っても俺は本を箱から出して配ったり、読み終わった本を整理したりしているだけなのだが。
「こいつは年貢米をちょろまかしてた記録だ。あの家昔からとんでもない悪党だねえ」
「こっちのは阿片を抜け荷してた記録ですねえ」
悪事の記録はそれこそ山のように出てくるのだが、肝心の雪女の記述は見つからない。予想通りしっかり記録はしていたようなので、残りの中から見つかる可能性は高いはずだ。
「うーん、ないねえ。残りも少なくなってきたし、わたしは夕食を作ってくるよ」
霞の言う通りまだ目を通していない古文書は残り少なくなっていて、見つからないかもしれないという気配が空気を重くする。時間ばかりが過ぎていく。
「見つけたよ! こいつで間違いないだろうね」
残り数冊になったところで都さんが声をあげる。都さんは興奮気味にその記述のあるページを俺に見せる。
「ほらここだよ」
「だから読めないって……」
都さんは「そうだったねえ」と言いながら、その記述を読み上げてくれる。雪さんは早く内容を知りたいのか、都さんの肩越しに覗き込むように見ている。
「どうやら雪女の里へ向かった亘胤ってのは帰らなかったみたいだねえ」
「どういうことだ? 里の襲撃は成功したんじゃないのか?」
「それは間違いありません。里の人たちを連れて去っていきました……」
古文書には雪女を狩って売る計画があったが、亘胤はおろか術者を含め誰一人として戻らなかったと書いてある。後継者が決まった記述まで確認できたのでこの記述が不完全というわけでもないらしい。
「雪女の里を出た後なにがあったんだ?」
「わかりません……」
雪女たちが隙をみて反撃したのなら里に戻っているはずだし、それ以外の何かが起こったとしか考えらなれない。
この話からは暫く隔日投稿になると思います。