第55話 温泉
夕食はイワナの刺身と塩焼き。それに刺身で出た頭と骨を出汁にした味噌汁。山菜たっぷりの炊き込みご飯に特産の香の物だ。どれも非常にシンプルな料理なのだが素材の良さは当然として、いつもと違う環境のせいか、それとも水が綺麗なおかげか非常に味わい深い。
「さすが霞さんです。どれも美味しいですね」
「いつもの名前の覚えられない料理もいいけど。アタシはやっぱり、こういうのが落ち着いていいねえ」
霞はにこにことしながら、「野菜もいいし、何より水が良いせいだろうね」と言っている。
「なにより霞の料理の腕だな。美味しいよ」
食事の後はみんなでトランプをして遊ぶ。電波も無いテレビもない環境だけに、コミュケーションツールとしてカードゲームやボードゲームは充実させてあるのだ。シンプルにババ抜きをやっているだけだがこれがかなり楽しい。
「やっぱり運要素の大きいゲームだと、霞さんに勝てる気がしません」
「負けっぱなしってのは、鬼の沽券に関わるねえ」
「霞は俺が倒す!」
記憶力ならどうかと神経衰弱もやってみたのだが、記憶力など関係なく運だけでどんどん正解されるのでダメだった。結局一番勝てるのがババ抜きだったのだ。なんとか全員が一回は霞に勝ったところで切り上げる。
「じゃあ、先に温泉に行かせてもらうぞ」
俺はみんなにそういって先に備え付けの温泉へと向かう。各室ごとに個別の露天風呂になっているため、男女の区別はない。そのため最初に俺、あとから三人で入るという事で話がきまった。
脱衣所の引き戸を開けると、各棟ごとの露天風呂になっている。岩でできた湯船は五人六人は楽に浸かれる大きさで、少し高い位置に設置されている。湯船からは眺望が良く自然を楽しめるのだが、洗い場は外から見えないように工夫されている形だ。
しっかりとかけ湯をして湯船に浸かる。普段なら銭湯なのもあって体を先に洗うのだが、景色を楽しむためには湯船に入る必要があるから仕方ない。
「すごい眺めだな」
ぽつぽつと灯っている集落の灯も美しいのだが、何より圧倒的なのは満天の星空だ。まだ宵の口だというのに空一面に数えきれないほど無数の星がきらめいている。俺たちの住んでいる街で空を見上げても、星なんて数えるほどしかないというのに。
まるで一枚の星景写真のような世界に見惚れていると、不意に脱衣所の扉が開く音がする。慌てて音のした方をみると、大きめのタオルを巻いただけの三人が入ってくるのが見えた。
「ちょっとまて、まだ上がってないぞ」
「小太郎、考えたんだけどさ、やっぱりみんな一緒の方が楽しいはずだよ」
不意を突かれて焦る俺の姿に、雪さんが楽しそうに言う。
「小太郎様、下は水着ですから大丈夫ですよ」
「いや、そういう事じゃなくてだな」
「なんだい、期待してたのかい? ほれアタシの言った通り水着なんて着ない方がよかったんじゃないかい」
問題はそこだけどそこじゃない。三人は水着かもしれないが俺は全裸なのだよ。抗議する暇もなく、三人はかけ湯を済ませて湯船に入ってくる。
「小太郎、いいねえこの景色」
「この景色が楽しめるのも小太郎様のおかげですね」
「雪さんは近くの出だからともかく、霞の反応が薄くないか?」
これだけの星空なんて滅多にみられるものではないというのに、やけに反応が薄いような気がする。そんな俺の疑問に答えたのは都さんだった。
「少し昔は、どこでもこのくらいの星空は見えたもんだけどねえ」
「なるほどな、こういう景色が当たり前だったんだな」
数十年前まではこういうのが普通の景色だったのだろう。あまりに当たり前に接しているせいで時々忘れそうになるが、みんな俺より長く生きているんだよな。
「わたしはキラキラした街の夜景も好きだけどね」
「そうですね。どっちが上とかいうものではないです」
「そうだな。どっちがより美しいとか野暮な話だ」
失ったものがあったとしても、代わりに得たものもある。どちらが良いかなど些末なことだろう。湯につかり四人で温まりながら風景を楽しむ。
「じゃあ、小太郎の体を洗ってあげようか」
「私も手伝いますね」
「力がある方が気持ちいいだろうからねえ。アタシの出番だね」
「いや、俺はまだ温まりたいからっ!!」
全身くまなく洗われてしまうなんてとんでもない。正直もう十分に温まっているが出るわけにはいかない。尊厳が失われてしまう。
「コタロー、早く来なよう」
「小太郎様、お湯に長く入りすぎるのは体によくないですよ」
「小太郎が早くこないと、わたしたちが風邪ひいちゃうよ!」
「まだまだ、温まりたいんだ。先に上がれよ」
その後三人が諦めて部屋に戻るまで湯船で粘ったせいで、がっつりのぼせてしまう事になるのだった。
もふもふにも色々あって悩みますね……
色々な意見ありがとうございました。
取り合えず次回以降の仕掛けは色々あるのですが、
プロットがまだなので次回は一日二日あくかもしれません……




