第53話 行く末
水着から普段着に着替えなおして戻ってきた霞が、思い出したように言う。
「あっ、小太郎の水着どうしよっか……」
「いや、俺の水着ならあったはずだ」
俺は引越しして以来一度も開けてなかった古い衣装ケースを開けて中を探る。ほどなくしてお目当ての水着が見つかった。確か学生時代にサークル仲間と海に行った時に買ったものだ。
「な、ちゃんとあっただろ? ちょっと古いデザインだがまだまだ着られるぞ」
俺は水着を霞たちに見せるが、三人の表情はみるみるうちに曇っていく。
「小太郎、本気でそれ着るつもりなの?」
「小太郎様、さすがにそれは……」
「コタロー、いくらなんでも、そりゃあないよ」
こうして俺の水着は買いなおすという事が決定されたのだった。それは良いのだが何故だか全員で買いに行くって話になってるんだが。
「なあ、なぜ水着を買うだけなのに、全員で行く必要があるんだ?」
「あの水着で良いとか言ってるのを聞いたらねえ……」
「霞さんの言う通りです。私たちが選びますから」
「大船に乗ったつもりでまかせときなって」
なぜだろうか大船というより泥船に乗っている気持ちになってくる。本当に任せて大丈夫なのだろうか。俺の不安をよそに店に行く日はやって来るのだった。
水着なんて役に立てばいいものだし、近場のモールで済ませるつもりだったのだが、みんなに連れていかれたのは少し遠くにある店だった。男性用水着に関して、近辺で一番の売り場面積を誇っているらしい。
「一口に男用の水着といっても、こんなに種類があるんだな……」
まずデザインが豊富にあるうえに、それぞれに柄や色のバリエーションがあって、めまいがする程の量の水着が所狭しと並んでいる。
「雪ちゃん都ちゃん、ルールはどうしようかねえ?」
「それぞれ一点選んできて小太郎様の気に入ったもの。で、どうでしょう?」
「分かりやすくていいさね。勝ちはアタシがいただくよ」
いつの間にかルールが決定されて、「じゃあ小太郎は適当に見ててね」と三人は水着を求めて散っていく。これは嫌な予感しかしない。
三人が戻ってくるのを待っている間に、展示してある水着を見て回る。確かに家にあったアレはないなと思う。しばらくすると三人が後ろ手に選んだ水着を隠しつつ戻ってきた。
「小太郎、わたしが選んだのはこれだよ!」
「ないわ。霞、アウト―」
「ええっ、秒で却下された?!」
霞が選んできたのはビキニタイプの競泳水着だった。筋肉質という訳でもないし、泳ぎが特別上手いわけでもないのに、競泳水着は恥ずかしすぎるだろう。霞はおずおずと水着を返しに歩いていく。
「次は私ですね。小太郎様に似合うのは絶対にこれです」
そういって差し出すのはカーゴパンツのような無難なデザインの水着。「さすが雪さん、これでいいんじゃない?」と言いかけたところで、プリントされている文字に気付く。
「野獣ってどういう意味だ……」
「小太郎様の力強さを表現するのにぴったりかと」
「うん却下。雪さん、アウト―」
雪さんは「絶対にカッコイイと思うのですが」とつぶやきながら、水着を返すためあるいていく。
「二人とも残念だったねえ。これで勝ちはもらったよ!」
「そんなもんどこから持ってきた……。アウトだアウト」
都さんがドヤ顔で披露するのは、眼にも鮮やかな真紅の布。いわゆる六尺褌だ。品揃えが良いとかいうレベルを超えてるぞ。大丈夫かこの店。やはり最初の予感通りまともな水着が選ばれる事はなかった。
ため息を一つついた俺は、近くにいた店員を捕まえて相談する。その結果、黒っぽい色の普通のボードショーツを購入した。こういうのでいいんだよ……。
「なんか普通の水着になっちゃったねえ……」
「ですねえ……。野獣かっこよかったんですが」
「なんの面白みもないじゃないかい」
店をでてからも、三人は口々に不満を言っているが、俺の水着に一体何を求めているというのだろうか。駅にほど近い場所でその声は聞こえてきた。
『おいジジイ、くっせーんだよ』
『なに睨んでんだよ。空き缶が欲しーのか?』
声のした方を見ると、空き缶を入れたゴミ袋を大事そうに抱えるホームレス風の老人を、数人の若者が取り囲んでいるのが見える。反射的に止めに入ろうとするが、老人の顔をみて立ち止まる。
「どうしたの小太郎。助けてあげないの?」
「ああ、あいつ鳳来秀胤だよ」
「本当ですね……。ホームレスになっちゃったんですね」
「自業自得ってやつさねえ」
予想はしていたとはいえ、あまりの転落の速さに驚く。もし、俺が道を誤って霞に見捨てられるような事があれば、俺もああなるのだろう。明日は我が身というやつだ。俺は力を貸してくれている霞や雪さん、それに都さんに感謝しつつ部屋に戻るのだった。
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