第05話 恩恵
嬉しくて本日二話目投稿です。
宝くじ売り場の前まで来たのはいいが、俺は今まで一度もそういうものを買ったことがない。どうすればいいのかわからず戸惑っていると、売り場のおばさんはやる気のなさそうな様子で、どれにするんだいと言った。
「すぐに当たりが分かるくじってありますか?」
「それならスクラッチタイプだね」
「じゃあ、それを一枚下さい」
十枚単位で買うのが一般的らしく店番のおばさんに変な目で見られながらも一枚だけ購入することができた。スクラッチというのは銀色の目隠しをコインで削りとると当たりがわかるというものだった。
俺のほかに客が居ないのを良いことに、その場でスクラッチタイプの宝くじを削ってゆく。おばさんはあきれた表情を見せながらも特定の印の出た数でもらえる当選金が変化するというシステムらしい。全部で九マスを削って印が四つ以下ならばはずれ、すべてのマスに印が入っていれば一等賞。実にシンプルで分かりやすく射幸心をあおる仕掛けになっている。
一つ目のマスを削る。印が現れる。
二つ目のマスを削る。印が現れる。
三つ目のマスを削る。印が現れる。
四つ目のマスを削る。印が現れる。
ぼんやりとこうなるんじゃないかなとは思っていたが、四つは必ずでるらしいのでここからが問題だ。
五つ目のマスを削る。印が現れる。五等当選……。
六つ目のマスを削る。印が現れる。四等。
七つ目のマスを削る。印が現れる。三等。
八つ目のマスを削る。印が現れる。二等。
九つ目のマスを削る。印が現れる。一等当選。
俺の手元を見ていたおばちゃんの表情が印が出るたびに変わっていき、最後の印が現れた時には何とも言えない呆けたような表情になっていた。俺も同じような表情をしていることだろう。予感はあったとはいえ現実になってしまうと、やはり狐につままれたような気持になる。
呆けていたおばさんが仕事を思い出したのかハンドベルを取り出し大きく振りながら大声で「一等賞でました!!」と叫び始める。その声に商店街を歩く人々が一斉にこちらを見る。まだ帰宅時間には早く人通りがまばらとは言えかなりの人数だ。俺は居たたまれなくなって逃げるように売り場から走り去る。
「まったく……。どうしてこうなった……」
商店街の近くにある公園までやってきた俺はベンチに座り、スマートフォンを取り出してネット検索をする。このタイプの宝くじで、一等の当選確率はおおよそ一千万分の一らしい。
比較のために調べたところ、ポーカーでロイヤルストレートフラッシュが出るのが六十五万分の一。麻雀で天和を上がれる確率が三十三万分の一だという。こんな出来事がたまたま偶然起こったと思えるほどおめでたくはない。どうやらもう霞が座敷わらしだということを信用するしかないようだ。
手にした宝くじを見ながらため息をつく。こんな小さな紙きれだというのに署名押印して銀行に持ち込めば俺がもらっていた年収なんかよりはるかに多い金額が手に入ることになる。くそみたいな上司のハラスメントに耐えながら医者に死を警告されるほど必死に働いて得ていたものより、こんな紙切れの方が価値があるのかと思うと泣きたくなってくる。
「これってもうチートだろ……」
どれほどの時間ぼーっとしていたのだろうか、気が付くとすでに陽が落ちて暗くなっていた。しかし、どれだけ考えても結論はでない。既に座敷わらしの恩恵を受けてしまっている以上は霞を追い出してしまっては、後に残るのは身の破滅だけだろう。
こうなった以上は諦めてすべてを受け入れよう。そんな投げやりにも似た結論を出した俺を出迎えたのは、霞ののんびりとした声だった。
「おかえり! 小太郎。お腹空いたでしょ? ご飯作っといたよ」
座敷わらしの作った芋の煮っころがしは思いのほか美味かった。
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