第47話 盗人神
まだ本調子ではないものの、傷は完全にふさがって医者の世話になる段階ではなくなった。だというのに俺は激しい痛みに耐えている。きっと霞や雪さんの目には苦痛に歪む俺の顔が映っているはずだ。
「痛ってえ、もっと加減してくれよ」
「このくらいで何言ってんだい。ちゃんと筋を伸ばさないと駄目だって、医者もいってただろう」
都さんは遠慮なく俺の肩をグリグリと動かす。数週間にわたって動かしてなかった肩のリハビリなのだが、気のせいか都さんは痛がる俺を見て楽しんでいるような気がする。目が合ったところで都さんはにっこり微笑んで、さらに力を入れてグリグリしてくる。
「痛いって! 無理無理もげるもげる」
「痛がってるコタローも、可愛くて悪かないね」
「都さんやっぱ楽しんでるし! 鬼か!」
「あたしが鬼でなくて、なんだってんだい。ほらほらもっと可愛い声を聞かせておくれよ」
助けを求めて霞たちの方を見るが、助けてくれるつもりはないようだ。
「小太郎、腕がもげたりはしないから。安心していいよ!」
「さすが都さんです。私では痛がる小太郎様に、あそこまでは出来ません……」
などとのんきな事を言いながら、痛がる俺を見ている。肩のリハビリが必要なのはわかるが、もう少し何かやり方というものがあるだろう。
都さんに解放されて肩を動かしながら確かめるが、思った以上に効果があったのか随分と楽に肩が動くようになっていた。続ければ数日で元通りになりそうだが、続けたくない、複雑な心境だ。
「どうだい? コタローあたしのテクで、随分と楽になったろう?」
「確かに動くようになったけど、痛すぎる!」
「足腰まで弱ってはいけませんし、お出かけしませんか?」
「それも悪くないな。ただ、どこへ行くかだが」
雪さん提案で出かけることになった。出かける先について相談するのだが、あっという間に結論に達したのだった。
「わたしは、あの源蔵が何者だったのか気になるんだよ」
「ああ本来の盗人神は女性みたいな事を言ってましたね」
「安太郎ってのは、あたしの所へ電話とかを届けてくれた河童かい? 改めてお礼を言いたいねえ」
こんな感じで安太郎の所へ向かう事はすぐに決まった。何度目かになるが安太郎の住む川にたどり着いたときには、息が上がってしまっていた。思った以上に体力が落ちている事が分かる。ジョギングなどを初めて体力を戻す必要がある。
「おーい、安太郎いるかー?」
ほどなくして川から安太郎が現れる。川に向かって大声で呼びかけるのは、なんどやっても気恥しさを感じる。
「お久しぶりですなあ。今日はどないしたんです?」
「安太郎のおかげで全て上手くいったからな。そのお礼をしたくてな」
「鬼の姉さんもおるんですな。うまくいったみたいでなによりですわ」
「安太郎さん。あの時はお世話になりました」
都さんはぺこりと頭をさげる。霞と雪さんも久しぶりにあった安太郎に挨拶をしている。
挨拶が一通り終わったところで、もはや定番になっているお土産であるキュウリの詰まった袋を安太郎に渡す。ただし、回を重ねるごとにキュウリの数は増えている。河童のキュウリ好きは普通の好物とかそういうレベルをはるかに超えたものらしい。
「おおきに。嬉しくてもう、小太郎はんのことがキュウリに見えてきますわ」
「そのたとえは意味が分からんぞ」
安太郎は既に何本目かのキュウリにかじりついている。ニコニコしながら見ていた雪さんが安太郎に問いかける。
「安太郎さん、盗人神ってどのような女性なのですか?」
「神社で会えまへんでしたか?」
「私たちが会ったのは、源蔵という猿の妖怪だけでした」
「猿の妖怪ですか。そんな奴知りまへんなあ」
やはり源蔵は安太郎の知り合いではなかったらしい。ならば源蔵は欲に目がくらんだ妖怪か、もともと鳳来の手下だったかなのかだろう。安太郎はキュウリを口に運ぶ手を止めて続ける。
「あそこに居るのは奈々子という女河童ですわ」
「なぜ女河童が盗人神になったんだ?」
奈々子という河童はとても美しい見た目を持っていて、妖怪たちだけでなく人間の男達までその美貌のとりこにしたという。見るものの心を奪う盗人神。
「なんとか七夕相撲で勝ち越してワイは……」
「どうするつもりなのかな? 安太郎ちゃん」
「それは……。言われへん」
「よく解からないけど、安太郎ちゃんが勝てるように応援してるよ!」
いたずらっぽく霞が言う。おそらく安太郎は奈々子という河童に惚れているのだ。相撲で勝ち越したときには告白でもするつもりなのだろう。
「それなら、相撲頑張らないとな」
「せや! 小太郎はん一番、勝負しまへんか?」
「やってやりたいが、今はちょっとな……」
怪我をしたせいで、左肩がまだ本調子ではないと説明する。
「もっと早う言ってくれれば、ワイの作った薬ですぐ治りましたのに」
「安太郎ちゃん、薬なんて作れるの?」
「もちろんですわ。ワイの作った薬を塗った日には、鉄砲傷くらいなら一晩で跡形もあらへん」
安太郎は「ちょっと待っといてな」と言って川へと戻っていく。しばらくすると戻ってきて、貝殻におさめられた膏薬を俺の手に乗せる。
「これがその膏薬ですわ。今度撃たれた時にでも使っておくんなはれ」
「ありがたく貰っておくよ。まあ、撃たれるような事は二度とごめんなんだが……」
戻ってから調べてみたところ、確かに河童が薬の作り方を教えてくれたという話は、日本中あらゆるところに残っていた。有名な所では新選組の土方歳三が売り歩いていたという石田散薬も、河童に作り方を教わったという話だ。
「安太郎に早く会いに行っていれば、痛い思いはせずに済んだってことかよ……」
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