第43話 金庫
見回りの警備員が離れたすきに建物に駆け寄る。警備が常についている事もあって、雨戸も閉められていない。障子をあけて中へ入ろうとかけた手を源蔵が掴む。
「しばしまて」
源蔵は抑えた声で俺を押しとどめると、どこからともなく小さな酒瓶を取り出す。
「こんな時まで酒か……」
「いや、中身はただの水だ。見ているがよい」
源蔵は瓶を傾け、敷居に水を流していく。しばらくそうした後、障子を動かすと音もなくするすると開く。中に入るとそっと障子を元に戻しておく。
目的の金庫の置かれた書斎まではあともう少しだが、当主の鳳来秀胤が眠る部屋の前を通り抜けていく必要がある。
「ここからは音を立てないようにな」
「わかってるよ小太郎。ここからはカメラが無いから気楽なもんだよ」
「わかりました小太郎様。でも、どうしてカメラがないんでしょう?」
「そりゃ私生活をずっと監視されるのは嫌だからじゃないか?」
俺の返答に納得したのか、雪さんは「なるほど」と頷いて真剣な表情を見せる。
もうカメラを気にすることもないので、小鬼姿の金剛丸を呼び出し肩にのせる。
「近くにうちでのこづちがあるのは間違いない。感じるぞ」
「いくぞ」
細心の注意を払って、音を立てないように歩く。床板がギシリと音を立てた事でヒヤリとすることもあったが、特に気付かれた様子もなく書斎までたどり着くことができた。
実物の金庫を見るのはこれがはじめてだが、開けるべき鍵の部分は見慣れたものがついいている。こんなところまで正確に調べ上げた木塚の諜報能力に、改めて感心する。
金庫を開けるためにダイヤルに手をかけるが、その手が細かく震えている事に気づく。あまり考えないようにしていたが、法を犯しているという事実に恐れを感じているのか。
震える手を見つめながら、確かめるように二三度握りしめては広げる。様子をみていた霞が、俺の右手のひらを包むように重ねる。
「大丈夫だよ。小太郎、あんなに練習したんだから」
「そうですよ。小太郎様。失敗するわけがありません」
雪さんは開いてる左手を同じように両手で包み込む。
「そうだな、ここまで来て今更だ。やってやるさ」
右、左、右、左……。ダイヤルを丁寧に回していく。手ごたえがあって鍵が開いた。扉を開こうとした瞬間、部屋の照明に明かりが灯り銃を持った警備員数人なだれ込んでくる。
『動くな!! 両手をあげてこっちを向け』
俺達が両手をあげて振り返ると、黒服の男を伴って鳳来秀胤が部屋に入ってきた。後を追うように縛られ、猿ぐつわをはめられた都さんが連れてこられる。
美しい都さんのほほには酷く殴られたのか青あざがうかんでいて、力を奪うためか縛っている縄には、ところどころお札のようなものがぶら下がっている。
「よくも都を!」
肩の上で金剛丸が怒りの声をあげるが、隠形は解いていないようで気付いたものは居ないようだった。俺は金剛丸の冷静さに安堵する。怒りに任せて姿を現してしまっては反撃するチャンスをうしなってしまう。
「最初に座敷わらしを連れてきて貰った事に、礼を言わないとならんの」
秀胤はくふふと笑いながら、気味の悪い笑みを浮かべる。実際にめにした秀胤は年のころは六十代なのにも関わらず、五十代に見える。少しでも寿命を延ばすために、ありとあらゆる方法を試していると、木塚の資料には書かれていた。
「ずっと家に捕えておったのに姿を見るのは初めてだの。座敷わらしというのに、童とは思えぬ良い体つきをしておるではないか。とらえた後は、存分にその体もかわいがってやろうて」
「ムリムリ、小太郎に勝てるわけないよ」
全く怖がっていないのか、霞はいつもと変りない様子で言い返している。それを見て秀胤は笑う。
「座敷わらしなんてものは、生きてさえいればよい。拷問されても犯されても強がっていられるか、ゆっくり確かめてやろうて」
舐めまわすように霞の全身を見ながら、下卑た表情で言う。こんな奴に霞を渡すわけには絶対にいかない。
「お前なんぞに霞を渡すわけがないだろう」
しかし、秀胤は俺の言葉を無視して雪さんを眺めている。
「ふむ、そっちの青い方は雪女かのう? 見るのは初めてだが噂通り美しいの。命乞いをするなら、ワシの妾にしてやってもよいぞ。当然、逃げられぬように処置はするがの」
「小太郎様があなたたちのような外道に負けるはずがありません」
雪さんもそういってくれるが、この状況を打破するのは簡単ではない。俺は必死に知恵を絞りだそうとする。どんなに詰んでるように見える状況でも、何かしらの手段はあるはずだ。諦めるのは死んだ後でも間に合う。
「調べはついておるぞ、久世小太郎には家を継ぐ者はおらん。つまり殺してしまえば座敷童は家をうしなうというわけだ」
「秀胤さまどうぞ」
黒服の男が鳳来秀胤に装飾の入った拳銃を手渡す。秀胤は受け取った拳銃を俺にむけてゆっくりと狙いをつける。いつの間にか術者も室内で何やら術を唱えている。俺が死んだあと自由になった霞が逃げないように何らかの術を使っているのだろう。
「一つだけ教えてくれ。どうして俺たちが侵入していることが分かった?」
俺は少しでも考える時間を稼ぐために質問を投げかける。
「そんなことか。源蔵、ご苦労だったのう」
「おいらの言った通りだっただろ? おいらを主だと勘違いしてくれたおかげで、楽な仕事だったわい」
俺たちと同じように上げていた手をおろすと、得意げな表情を浮かべた源蔵は鳳来の方へと走っていく。
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