第04話 小太郎と霞
スマートフォンに届いたメールを見た俺は慌てて居間へと向かう。霞が冷蔵庫の前でなにやら言っているが構っている暇なんてない。適当に返事してラップトップの電源を入れる。
ログイン画面が表示されるまでの数十秒ですら長く感じる、苛立ちを抑えながら目的のアプリケーションを起動した。
「ほんとか……、これ……」
画面には保有株式に含み益があることを示す赤い文字がずらっと並んでいる。もちろんすべてというわけではないのだが、中にはストップ高になっている銘柄まで存在している。ざっと計算しても平均的なサラリーマンの給料で半年分近くは儲かっている計算だ。
「なにこれ光ってる! 小太郎は術師なの?!」
「そんなわけあるか! もしかしてパソコンを知らないのか?」
そういってふと霞の方に目をやった俺は度肝を抜かれた。いつの間にか霞は長襦袢に着替えていたのだ。和服としては部屋着でも全くおかしくないのだろうが、何しろそんなものは見慣れていない。見てはいけないものを見てしまった気がして目のやり場に困る。
「なんて恰好してるんだよ」
「くつろいでるんだけど?」
霞はどうしてそんなことを聞くのかわからないといった風で不思議そうに首をかしげる。その姿はこのような状況でなければ見とれてしまうだろう美しさだったが、今はただただ腹が立つだけだった。
「勝手に住む事にきめてるんじゃねえ。もう帰れよ」
「ここがわたしの住むところだし?」
「勝手にきめるんじゃねえ」
「ええっ、さっき聞いたら好きにしろっていったでしょー」
さっき冷蔵庫の前で何か言ってたのはそれだったのか。確かに好きにしろと返事したような記憶はある。しかし、それは何か食べがっているとおもったからであって、妖怪が居座ることを許可したつもりはない。
「とにかくダメだ。帰れ」
「もう無理。小太郎のところがわたしの家になったから」
「どうしてそうなる」
霞が身振り手振りを交えて必死に説明してくれるのだが、要するに住んでいいかって問いに許可を与えたことで契約成立のようになっているらしい。そういえば吸血鬼を扱った映画なんかで招かれないと部屋に入れないとかあったが、あれと似たようなものなのかもしれない。もっとも霞は勝手に部屋でお菓子を食べていたが。
倒れている霞を見つけてから数時間で俺を取り巻く環境が大きく変わりすぎて理解がついてこない。今はとにかく一人になって考えをまとめたい。
「少し出かけてくる」
「わたしもいっていい?」
俺の返事も待たず霞は長襦袢から一瞬で出会った時の着物姿になる。ぽんっという擬音が聞こえてこないのがむしろ不思議なくらいだ。
「一人になりたい。考える時間をくれ」
霞がなにやら言っていたが返事をする気ならなかった俺は、逃げるように部屋をでるが特に行くあてがあるわけじゃない。とにかく今はアパートから遠ざかりたいという気持ちしかない。
ぶらぶらと歩きながら、今日起こった出来事について考える。
一つ目は霞のこと。座敷わらし……。そんなものが存在するだなんて信じられない事だが、瞬間移動をしたり一瞬で服装を変えたりしたのは間違いない。真偽はともかく、言動からしてもまともな人間ではない事だけは動かせない事実だ。
二つ目は、一年以上塩漬け状態だった株の急な値上がりだ。考えたくないが霞が本当に座敷わらしで、幸運がすでに舞い込み始めていると仮定すれば一応つじつまは会う。たまたま今日偶然が重なって塩漬けしていた株が一気に急騰というよりは、座敷わらしの恩恵のほうが説得力があるように思えるのが辛い。
「どうすりゃいいんだよ……」
途方にくれていると、どこをどう歩いたものかいつの間にか駅前の商店街を歩いていた。何気なく辺りを見渡した俺の視界にそれは飛び込んできた。それは真っ赤な看板に白抜きで宝くじという大きな文字が書かれた小さな販売所だった。俺は意を決してその看板に向かって歩いていく。
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