第34話 安太郎
書くのが楽しい話だったので、いつもより少し長めになってしまいました……
俺たちは安太郎の住む川へと向かって歩いていた。左手に下げたビニール袋がずっしりと重い。中には来る途中に八百屋で買ったキュウリが詰まっている。
「安太郎ちゃん、キュウリ大好きって言ってたから喜ぶだろうねえ」
「でしょうね。前に買ってきたキュウリの漬物も、あっという間に食べちゃいましたし」
歩きながら、楽しそうに話す霞と雪さん。霞はセーラー服に似せたデザインのワンピース姿で、ひざ上丈な事もあり少し子供っぽくも見える。対する雪さんは白いブラウスに、派手過ぎない花柄のスカートといったいでたちで、大人の女性らしいスタイルだ。
「だからってこれは買いすぎなんじゃないのか?」
時期なのか安かったので、ざる三つ分も買ったのだ。全部で二十本ほどもある。いくら河童がキュウリ好きでも、一度にこんなにも食べられるものなのだろうか。
この場所に前回来たのは安太郎の引越しだったから、かなり久しぶりの訪問になる。川の水は透明度が高く、川漁師によるものだろうか丁寧に手入れされていて、色んな生き物であふれている。
「ここが安太郎さんの住んでいる川ですか。とっても綺麗な場所ですね」
「美味しいアユが採れるだけのことはあるよねえ」
「たしかに、本当にいい川だよな」
安太郎がもともと住んでいた川も、本来はこんな様子だったのだろう。今は違法操業らしい工場の廃液で、見る影もなくなっていた。ふと思いついて、一本電話をかける。
「もちろん金は払う。一つ頼まれて欲しいことがあるんだが……」
木塚にあの違法操業の工場に関する記事を書いて貰えないか頼む、取材にかかった費用は払うという事で合意した。上手くいけば、時間はかかるだろうが、安太郎の川も綺麗になるだろう。
「おまたせ」
電話をきった俺は、川に向かって大声で呼びかける。
「おーい! 安太郎ー!」
これでいいのかは分からないが、だからといって他の方法も無い。何度か繰り返したところで、目の前の水面に安太郎が姿を現した。
「小太郎さんが来てくれはるなんて、ワイは嬉しいですわ」
「安太郎ちゃん、お久しぶりだね」
「お久しぶりです。安太郎さん」
安太郎は川から上がると、俺たちの方へと歩いてくる。
「霞姉さんに、雪姉さんもお久しぶりですな」
俺は安太郎にキュウリの入ったビニール袋を手渡す。
「これは、ええキュウリですな。早速いただきますわ」
安太郎は袋から取り出したキュウリを、そのままかじり始める。あっという間に食べ終わったかと思うと、即座に二本目を袋から取り出して食べ始める。
安太郎がキュウリを食べるのを、にこにことみていた霞が言う。
「安太郎ちゃん。少し太った?」
「えっ、わかりまっか? この川の魚が美味いもんで、ついつい食べ過ぎてしもーて……」
安太郎は手に持っていた五本目のキュウリを、名残惜しそうに見つめながら袋に戻そうとする。
「そんなに気にすることはありませんよ。安太郎さん可愛いです」
「後でいただきますわ」
安太郎の食事がひと段落したところで、俺は本題を切り出す。
「実は安太郎に頼まれて欲しいことがあってな……」
俺の言葉が終わるか終わらないかのところで、安太郎は食いつくように言う。
「ほかならぬ小太郎さんの頼みです。やらせてもらいますわ」
「安太郎ちゃん、そんなに安請け合いしちゃっていいの?」
「なにを言うてますのや! 河童に二言はありまへん!」
安太郎は、自信満々の様子で胸を張る。表情もどこか自慢げな様子に見える。
「小太郎さんのためなら、たとえこの身を鬼に喰わせてでも、やり遂げて見せますわ!」
「話が早いな。頼みっていうのは、その鬼に手紙を届けてほしいんだが……」
俺の言葉を聞いた安太郎の顔は、みるみるうちに青ざめていく。
「オ……鬼!? ほんまに鬼の所へ行けというんでっか?」
「そう、この鬼女の所へ手紙を届けてほしいんだよ」
木塚の資料に入っていた、鯉に餌をやる都さんの写真を安太郎に見せる。
「えらい別嬪さんですなあ……。こんな人が鬼なんでっか?」
「綺麗な人だよね。わたしも最初見たときは、鬼には見えなかったからね」
写真の都さんには俺が襲われたときにはあった角がない。鬼は姿だって簡単に隠せるのだから、角を隠すなんて簡単なのだろう。
「でも、鬼なんて無理っすよ。ムリムリ」
「襲ってくるような事はないはずだけど、無理にとは言わないよ。怖いなら仕方ない」
「こ、こ、こ、怖いわけやあらへん」
真っ青な顔でぶるぶると震えながらそんなことを言っても、全く説得力がないのだが……。まあ無理強いすることもできない。金剛丸に手紙を届けてもらう事にするしかないだろう。
「悪かったな。忘れてくれ」
安太郎が申し訳なさそうな表情を見せる。それに気づいた霞と雪さんがフォローをいれてくれた。
「安太郎さん、気にしないでくださいね」
「そうだよ、安太郎ちゃん。もともとわたしたちが、無理なお願いしてるんだから」
「なあ、安太郎。俺たちもちょっと川に入ってみたいんだが、浅いところを教えてくれないか?」
せっかく美しい川があるのだ。安太郎に浅いところを教えてもらって少し水に入る。
川の水はまだ冷たく、まくり上げたズボンの裾が少し水に濡れるが、細かいことを気にしていては楽しめない。
霞と雪さんもスカートを持ち上げながら水に入って楽しむ。さすがに帰りの事もあるから水を掛け合ったりはしないが、安太郎が魚を捕まえるところを見せてもらったり、たっぷりと楽しむことができた。
「楽しかったねえ」
「ですね。小太郎様、夏になったらぜひ海に行きましょう」
「だな、海も楽しそうだ」
「海! いいねえ。水着をまた通販しておかないとねえ」
試着もできるし、店に直接買いに行った方がいいんじゃないのかと突っ込みたくなるがぐっとこらえる。海にいくまでには鳳来の件にも決着をつけて、憂いなく思いっきり遊べるようにしておきたいところだ。
「今日はありがとうな安太郎。キュウリもってまた遊びに来るよ」
俺たちが安太郎に別れを告げて帰ろうとしたその時、安太郎に呼び止められる。
「待ってください。小太郎さん、手紙はワイが届けてみせます」
やっぱ安太郎は書きやすいですね……
2万ポイントを目指して頑張ります
もしよろしければ、まだの方はブクマや評価などで応援してください。
よろしくお願いします!