第32話 喫茶店
「水族館、皇帝ペンギン楽しみです」
「わたしは、クラゲが楽しみだよ」
霞と雪さんが楽しそうに、これから行く水族館について話している。俺も会話に加わろうとしたところで、スマートフォンにメールが届く。
「二人ともすまないが、水族館は中止になったようだ」
メールは木塚からで、調査が一通り終わったから会って報告したいという内容だった。楽しみにしていた二人には悪いが、予定を変更して会いにいくしかないだろう。
「そっかあ……。そういう事なら仕方ないよ……」
「残念ですけど、仕方ないですね……」
名残惜しそうな様子をみて、俺は二人に他の日に行こうと約束する。
俺たちが指定された喫茶店に着いた時には、既に木塚は奥の席に座って紅茶を飲んでいた。
「待たせたみたいですまない」
俺たちは木塚の向かいに並んで座る。木塚は黙ったまま、特徴的なぎょろりとした目を向けると、バッグから紐付きの封筒を取り出す。
「大して待ってないわ。早速説明させてもらうわね」
封筒の中には大量の写真と、屋敷の見取り図等が入っていた。写真に写っている鳳来の家は旧家然とした塀の高い建物で、歴史ある建物に似合わない無骨な監視カメラがそこかしこについている。
「侵入するのに少し苦労したけど、警備自体は大したことないわね」
木塚は、警備の配置などが緻密に書き込まれた見取り図を指さしながら、どのように侵入したかを説明する。簡単そうに言うが、少し苦労した程度でどうにかなるものだとは思えない内容だ。
「ただ、監視カメラの数が尋常じゃないから、侵入するときに注意が必要ね」
見取り図にはみっしりと監視カメラの位置と、映る範囲が朱で書き込まれていた。警備員の配置も厳重で、アリの入り込む隙間もないとはこういう状態をいうのだろう。
俺たちが侵入することを前提としたような調査報告に、見透かされているような怖さを感じる。
「こんなに調べ上げられるものなのか……」
「なにを驚いてるの? 必要ならもっと細かいことまで調べられるわよ」
驚く俺たちをしり目に、木塚は紅茶をゆっくりと飲むと話を続ける。
「都っていうのは、この女性の事よね」
木塚は大量の写真の中から一枚抜きだし、前に差し出して見せる。そこには、川から水を引き込んである池のほとりで、鯉に餌をやる都の姿が映っていた。
「フルネームは九鬼都っていうみたいね。そうやって朝夕に鯉に餌をやる程度で、殆ど部屋に籠っているだけよ」
「あとは、人脈をたどって人集めをしているようだったけど、そっちは上手く行ってないようね」
人集めと言うのは間違いなく術者の事だろう。まさか求職情報誌やハローワークに術者募集なんて求人を出すわけにもいかないしな。
「それくらいかしらね。請求書は一緒に入っているから」
木塚は残っていた紅茶を一気にあおるように飲むと、席を立って店を出ていく。いつもながら気の休まる暇のない相手だった。
「前はわからなんだが、あのものも尋常の人ではないな……」
箱の中から金剛丸のつぶやきが聞こえる。あの人も妖怪かなにかだとでもいうのだろうか。
「木塚も人ではないということか?」
「恐らくな……」
「確かに怖い人だけど、妖怪なのかな?」
「どうなんでしょう? 私にはどちらかわかりません」
霞と雪さんにもよくわからないらしいし、俺には霞と雪さんのことですら、普通の人とどう違うのかをうまく説明することはできない。とにかく、あまり深い付き合いをしたい相手ではない。という点だけは全員一致の意見のようだった。
ちょうどそのころ、鳳来邸では。
「まだ術者の手配も終わらぬというのか! この役立たずが!!」
「申し訳ございません。なにしろ稀有な人材ですので……」
平伏する使用人にむかって、現当主、鳳来興胤が怒鳴り散らしていた。
「どうにかする手立てをさっさと考えぬか!」
平伏している使用人を八つ当たりのように蹴飛ばす。
「おやめください」
「くそっ! 大体なんだあのわらし、あの小僧に訪れた幸運にくらべて、我が家にもたらした幸運のいかに小さい事か! いまいましい」
言いながら余計に腹を立てたのか、さらに使用人を強く蹴飛ばす。使用人は苦痛に顔をゆがめながらも平伏した姿勢を保とうとする。
「独り者の小僧が死ねば家は途絶えてわらしもとらえやすかろう。殺して構わぬ、早々にカタをつけろ」
「承知いたしました。あの鬼女にやらせましょう」
返事をすると使用人は逃げるように部屋を出ていく。
一人部屋に残った興胤は、懐から袱紗包みを取り出して広げる。中からは緻密な細工の施された小さな木槌が現れる。うっとりとした表情でそれををひとなでした後、また懐へとしまう。
「早くあのわらしを取り戻さねばならん。いつまでもこれだけで持つとは思えんからな」
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