第03話 座敷わらし
会計を済ませて店を出たところで、スマートフォンが着信を知らせるメロディを奏でる。
電話をかけているほんの少しの間に霞の姿はもう見えなくなっていた。霞から食事代を回収するのは不可能になってしまった。
狐につままれたとは今の俺のような気分の事をいうのだろう。午後の予定もなくなったし今日はもうアパートに帰るしかなさそうだ。
無趣味な俺はアパートに帰ったところでネットで動画を見たりするくらいしかやることがない。社会人になってからずっとブラックな環境で働いていたせいで趣味を持つ暇すらなかったというのが正解かもしれない。余裕ができたら何か新しことに挑戦してみるのもいいかもしれない。
とりとめのないことを考えながらアパートに向かって歩いていると居なくなったはずの霞が後ろからついてきている事に気が付いた。
「金を払ってくれる気になったのか?」
「それは無理、わたしはお金なんてもってないもん」
「そうか、なら今日は俺のおごりってことでいいよ。じゃあな」
俺は軽く手を振ってまた歩き始める。のだが、霞はどこかへ行くわけでもなく俺の後をついてきている。
「なあ、もうお腹はいっぱいになったんでしょ?」
「うん、小太郎のおかげでお腹いっぱいだよ!」
満面の笑みでそう答えた霞は、そのあとも一駅分ほど俺の後をついてきた。家まではまだかなりあるが、無職ニート状態の今はその電車賃すらも惜しい。
「……なんでついてくるんだ?」
「えっと、小太郎と一緒に住むことに決めたから?」
「はっ?」
まさかとは思ったがとんでもない地雷メンヘラ女だったのか。
俺は部活にこそ入っていなかったが体育祭などでそこそこ活躍できるくらいには足が速い。その速さを活かして全力で霞から逃げだす。相手は和服姿で走ることはできないしあっという間に見えなくなるが速度を落とさす走り続ける。
アパートまでの二、三キロは走っただろう。相手は着物姿だしまともに走ることもできないはずだし、来た方向を見ても霞の姿はもう見えない。
「はあはあ……、さすがに振り切ったな」
久しぶりに本気で走ったせいで完全に息が上がってしまっている。少しおちつくのを待ったあとアパートの鍵を開け中へ入る。
「小太郎おかえり〜 遅かったね」
「!?」
部屋の中には当たり前のように霞が座っていて、あろうことか俺の秘蔵の漫画本を引っ張り出して読んでいた。ついでに、スナック菓子まで引っ張り出してつまんでいる。
「なんで……」
「なんでって、わたし座敷わらしだもん。これからよろしくね小太郎」
メンヘラだとは思っていたが一体どういうことだ。なぜ俺の部屋を知っている。いたずらにしては手が込みすぎているし、そもそもこんないたずらをするような知り合いは居ない。
「座敷わらし? そんな名前の妖怪が居た気がするが、霞がそうだというのか?」
「そうだよ」
「冗談はよせ、妖怪なんてものは存在しない」
「あ、信じないんだあ」
そういった瞬間、かき消すように霞の姿がふっと消える。俺が自分の目を疑っていると背後から声がする。
「これでどう?」
「えっ……」
さっきまで確かに居間の真ん中にいたはずの霞が俺のすぐ後ろに立っている。俺は全身から血の気が引いていくのを感じる。
「ね? 人間にはこんなことするの無理でしょ?」
霞は振り返った俺に向かって満足そうに頷く。今の俺はどうしようもなく呆けたアホ面をしているのはずだ。本当に妖怪なんてものがいるとは思っていないが、霞が人間にはできない芸当をやっている事だけは間違いない。
俺は慌ててスマホで座敷わらしについて調べてみる。するとなんでも座敷わらしの住み着いた家は大いに繁栄し、座敷わらしが去った家は没落してしまうらしい。どちらかというと喜ばれるタイプの妖怪のようだが、反動のようなものもあるみたいだった。
「つまり幸運の高利貸しみたいなもんか……」
「うわ、ひっどい!! そんなんじゃないもん」
霞はうっすらと涙目で俺の胸をぽふぽふと叩きながら抗議する。俺はその抗議を無視して言葉を続ける。
「だってそうだろ? 幸運を貸し付けといて、出ていくときに回収するってことじゃないのか?」
ちょうどその時メールの着信音が鳴る。それは俺の人生の転機を告げる第一報だった。
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