第29話 依頼
とある喫茶店の一番奥のテーブル、俺たちの前には一人の女性が座っている。彼女の名前は木塚、大きなスクープをいくつもモノにしているフリーのジャーナリストだ。
木塚は、長い前髪の隙間からわずかに覗く目はぎょろりとしていて、血色の悪い顔色と相まって不気味な雰囲気を持っている。
鳳来の名を出しただけで断る人の多い中、彼女だけが引き受けると答えてくれた。
「ちょうど狙っていた相手だし、そのうえ日当をもらえるなんて最高ね。もちろん引き受けるわ」
鳳来の名前を出すまでは乗り気だった強面の探偵が、青い顔をしてその仕事は受けられないと、しり込みするような相手だ。本当に大丈夫なのか。
「相当ヤバい相手だとおもうが、本当にいいんだな?」
「心配は必要ないわ。南米の麻薬組織を相手にした時に比べればかわいいものよ」
「じゃあ、調べてほしい内容なんだが……」
流石に鬼だのうちでのこづちだのと話すわけにもいかないので、屋敷に勤めている人の詳細と、当主の普段の行動、家の見取り図などが知りたいと伝える。
「ふうん、なるほどね……」
木塚のぎょろりとした目が光る。俺たちのやろうとしていることを見透かされてるような気がする。
ジャーナリストを名乗るだけあって勘はするどいのだろう。迂闊な事を言わないように注意する必要があるな。
「あとは、不正や違法な事をしていれば告発したい」
「それは言われなくても記事にするわ。以上かしら?」
俺がうなずくのをみると、木塚は席を立ち小声で言う。
「私はね、君たちにも興味があるの。今は表に出てないけど、相当荒稼ぎしてるでしょう?」
この女性は俺たちの事をどこまで知っているんだろう。俺たちのような急成長しているとはいえ、情報の少ない企業の内情まで掴んでいることに、底知れない恐怖感を感じる。
黙り込む俺を横目に木塚は「ギャラもたっぷり貰うし、今日はおごるね」と、言い残してレジへと向かう。
木塚が会計を終わらせ店をでたことで、やっと俺たちは緊張がとける。
「怖い女性でしたね……」
「ほんとうだよ。すごい迫力だったよ」
「それだけ腕利きってことなんだろうが……」
今は俺たちのために情報を集めてくれるが、彼女には隙をみせないように気を付けないと、逆に足元をすくわれかねない。
「さて、このあとどうするか……」
実際のところ木塚からの報告が上がってくるまでは打つ手がないのだ。
「わたしはお腹がすいたよ」
「もうすぐお昼ですしね」
「じゃあ、とりあえず何か食べにいくか」
襲撃のあった日以来、ほとんど風呂と部屋の往復くらいしかしていなかったので、外食をするのは久しぶりだ。
「この店に行ってみようよ」
「あ、このお店ですか。私も行ってみたいです」
霞が嬉しそうにスマートフォンの画面を見せる。雪さんも最近は情報通になってきているようだ。対する俺は特に希望なんてない。
「お昼はやっぱり空いてるよ。早く早く!」
「まて!」
俺の手をぐいぐい引っ張って店に入ろうとする霞を止める。霞と雪さんは気付いていないようだが俺はそれに気づいていた。
「小太郎様、どうかしましたか?」
「よく見てみろ……。また面倒な事になるぞ」
俺の言葉に霞と雪さんも気付いたようで、家族連れの客を先に入店させるようにやり過ごす。
さきを譲った家族連れが店の扉を開いて店内に入ると、カランカランというけたたましいハンドベルの音とともにくす玉が割れる。
「おめでとうございます! あなたが開店以来、十万人目のお客様です!」
くす玉の前で景品を手に、店のオーナーと記念写真を撮っている家族連れの側を抜けてテーブルへと案内してもらう。
「お客様残念でしたね。こちらがメニューになります」
お冷とメニューを置いてウェイトレスが立ち去る。それを待っていたかのように霞が口を開く。
「ああいうの面倒なんだよねえ……」
「写真を撮られるのは恥ずかしいです……」
「でかでかと貼りだされたりするしな」
座敷わらしの幸運のせいで、注意しておかないとこの手のイベントに巻き込まれる。そこそこ高価な物が進呈されたりするし、一般的には幸運な事なのかもしれない。だが、書類やセレモニーなど面倒も多い。そう何度もやりたいものではない。
「霞、この店のおすすめはどれなんだ?」
俺はどこの国の言葉なのか、読めもしないメニューを前に訪ねるのだった。
情報を飯のタネにしている人の怖さみたいなものを表現したかったのですが、上手くいったのでしょうか?
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