第23話 氷山 雪
ほどなくして食事の準備が終わり三人でテーブルを囲むことになった。準備といっても買ってきた寿司を皿に移すだけだが。それをみていた雪さんが言う。
「あの、私お蕎麦を用意してあるんですけど、茹でてもいいですか?」
「うん? 引越し蕎麦ってやつ? それは住む部屋が見つかってからで良いんじゃないのか?」
今日は泊まってもらうとして、明日からの部屋探しには俺も付き合うつもりでいる。前とは違って、今は曲がりなりにも経営者なのだから物件はすぐにみつかるだろう。
大丈夫すぐに見つかるからと言う俺に、雪さんは怒ったように言った。
「小太郎様! 私はここに置いてもらえないのでしょうか? 霞さんは一緒にすんでるんですよね?!」
「霞は座敷わらしだから仕方ないけど、雪さんは雪女だから別に一緒に住む必要ないだろ? 」
俺の返事を聞いた雪さんは、あからさまに表情を曇らせてなにやらブツブツとつぶやいていたかと思うと、確かめるように手を自分の胸に当てながら言う。
「やはり……、おっぱいですか? 霞さんと私の差はそれしか考えられません!!」
「ちょっと何言ってるかわからないですね」
「わからないってなんですか!」
どう考えても、おっぱいの大きさでどこに住むべきとか決まらないと思うんだが。
「そんなことで決まるわけないだろう」
「では、小太郎様は大きいのと、こんなのとどっちが好きなんですか?!」
「そりゃあ……、どっちかといえば……」
俺のあやふやな返事を聞いた雪さんは、「やはりおっぱい……」などと訳の分からない事を言っている。
「だから、それは関係ないから!」
「では、ここに住まわせてください」
「霞、なんとかしてくれ」
助けを求めるように霞の方へ目をやる。霞は俺と雪さんの会話なんてどこ吹く風といったふうで、もくもくと寿司を食べ続けている。霞は箸をいったん止めたあと、おもむろに鯛の乗った寿司を取り上げて俺に見せつけるようにする。
「鯛も一人はうまからず! だよ。雪ちゃんが一緒に住んじゃダメな理由ないよね?」
この一言で大勢は決して雪さんもここに住む事になった。
つい先日鬼の箱でぐちゃぐちゃに散らかった部屋を片付けたばかりだというのに、明日から雪さんの住むスペースを作るために家具の移動をしなくてはならないというのか。
「マジか……」
それから数日、部屋の模様替えも終わって、なんとかいつもの日常にもどっていた。
雪さんもここでの生活に慣れたようで、毎日のように霞からパソコンや料理を習っている。通販マニアが増えないか少し心配だが、そこは雪さんを信用するしかない。そんなことを考えながら掛かってきた電話に出る。
要件は例のコテージを設計してくれることになった建築家との打ち合わせの日程が決まったという内容で、建築事務所のある街で直接打ち合わせすることになった。
「小太郎さん、珈琲がはいりましたよ」
雪さんは雪女というイメージとは裏腹に、やたらと熱い飲み物が好きみたいだ。彼女が淹れてくれた日は、熱すぎる珈琲が冷めるのをゆっくりと待つことになるのだが、その時間も楽しい。
「小太郎様、肩を揉ませてください」
急にどうした事かと驚く俺をよそに雪さんは背後へとまわる。肩に置かれた手は、少し体温が低めで心地よい。少し緊張しているのか動きがかたい気がする。
「里の開発に証券取引……。小太郎様の肩もコッタローと思いまして……」
さすが雪女、空気まで完全に凍らせて見せた。沈黙する俺と霞の前で「あれ? ずっと温めていた自信のネタなのですが……」などと言っている。練りに練った必殺のジョークがこれだとするなら相当ヤバい。恐ろしい能力だといえるだろう。
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