第10話 苛立ち
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河童の安太郎を例の川へ移し終えた帰り道。隣を歩く霞が不意に言った。
「ねえ、小太郎はどうしてそんなに不機嫌そうなの?」
「別に不機嫌ってわけじゃない」
答えてみたものの、俺は不機嫌だしイラついていた。だが、その理由が良く分からない。川での安太郎とのやり取りを思い出していたからだ。
川辺で安太郎は何度も何度も「ちょっと待っておくれやす」と言っては覚悟を決めかねていた。どのくらい長い間棲んでいたのか知らないが新天地へと向かうことにためらう気持ちは分かる。最終的には「こんな綺麗な水の流れる川へ連れてきてもろておおきに」と笑っていた。このこと自体は問題がない。
「小太郎は悪くないよ。安太郎ちゃんが引越しすることになったのは仕方のないことだもん」
「さすがに、そこまでお人よしじゃないよ」
確かに元居た川を綺麗にして棲み続けられたなら、それはとても素晴らしいことなのだろうと思う。でも、そんなことはできないししたいとも思わない。じゃあ何がそんなに俺をいら立たせているのかその答えは分からない。
部屋に戻ってからも悶々と考え続けていた俺の前に料理が並べられていく。気が付かない間に結構な時間が経っていたみたいだ。料理を並べ終えた霞はいつも以上に明るい表情で言う。
「そういう時はおいしいものを食べてお風呂だよっ」
これ以上考えても答えが出ることはないのだろう。諦めた俺はテーブルに並べられた料理に目をやる。メニューは鶏のもも肉のコンフィにサラダ、コンソメ風味の野菜がたっぷり入ったスープとパンだった。
「こんな料理、自宅で作れるんだな……」
「ふっふっふ、真空低温調理器を買ったからね。どう美味しい?」
「下手な店より美味いな……」
低温でゆっくり調理することで肉が固くなるのを防ぐのだとか、いろいろ説明してくれるが俺にはよくわからない。とにかく驚くほど美味い料理で、霞の言葉通り考え込んでいたことがバカバカしくなってくる程だ。霞は黙々と食べる俺の様子を見て、楽しそうにほほ笑んでいる。
最初のうちは霞の作る料理は、煮物だのお浸しだの味噌汁だのとおばあちゃんが作りそうなものばかりだった。それが最近は通販とネット検索の力で料理がどんどんアップグレードされていっている。まったくフリーダムな奴だ。そこに考えが至ったところで、安太郎が俺にこっそりと耳打ちした言葉を思い出す。
――座敷わらしなんてのは、本来ワテらと同じで力が弱くて此岸には大して関われんもんなんですわ。そういう事ができるのは本来もっと強力な大妖怪だけなんやけど……。
これこそ考えても無駄だな。本人が自分は座敷わらしだという以上確かめようのないことだ。
「そろそろ風呂に行くか?」
「そうだね」
霞はラフな格好に石鹸などが入った洗面器をもって現れた。いわゆる昔ながらの銭湯スタイルだ。この部屋もともとは店舗用スペースにもできるように水とガスは来ているのだが風呂場は当然ない。大輔さんは自腹でならお風呂作っても良いと言ってくれているが、前のアパートにも風呂はなかったし掃除が大変そうだから銭湯で通している。
番台の所で霞と出る時間を決めて別れると脱衣場に向かうが、そこで嫌な場面に出会った。タトゥーを入れた二十歳そこそこだろうか、ガラの悪い男が年寄りに邪魔だのなんだのと因縁をつけている。
俺が飛び出すより早く、風呂から上がってきた白髪交じりの壮年の男がガラの悪い男に言う。
「邪魔なのは君の方だ、それに銭湯は刺青禁止だ」
「なんだ? てめえ正義の味方のつもりか? あん?」
酒も入っているらしく、ガラの悪い男は勢いにまかせて殴りかかろうとする。
しかし、苦痛に表情をゆがめたのはガラの悪い男の方だった。あまり詳しくはないが逮捕術というやつだろう、どこをどうしたものか痛くて動けないようだった。
「これ以上やるなら、私の職場でもある警察まで一緒に来てもらうことになるが?」
「いてぇ、離してくれ! 出ていくから勘弁してくれ」
ガラの悪い男はほうほうの体で逃げ出していく。
その様子をみてようやく、俺は昼間なにに苛立ちを感じていたのか分かった。安太郎が可愛そうとかそういう同情ではなく、誰かに理不尽を押し付けられる事が気に入らなかったんだ。
いつもより早く風呂を出た俺は、待ち合わせ時間の少し前に出てきた霞に向かって宣言する。
「決めた! 俺は理不尽の敵になるよ」
霞のきょとんとした表情が妙におかしかった。
やっと自分のやりたいことが分かってきた小太郎。
今日は季節外れの風邪にやられてしまってグッタリしているので、明日はもしかしたら一話だけになるかもしれません。
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