桜
思いつきの、とても短い話です。
春、彼は彼女に出会った。
散り際の桜を見て、嬉しそうに笑っていた。
「人の命だってそう。散り際の炎が一番、儚くて美しいもの」
彼にはそう言って微笑む彼女が一番儚げに見えた。
だから。
彼は彼女の幸せを願った。
花が散って、夏。
彼女は来ない。
でも、彼は彼女を忘れなかった。
夜空から一枚の炎が舞い降りて、散った。
炎が消えて、秋。
だんだん涼しくなってきた。
彼女は来ない。
それでも彼は、柔らかな日差しに笑いかける。
葉が散って冬。
焚き火を囲んで暖をとる人々がいた。
でも彼女はいない。
彼は少しだけ、寂しそうに見えた。
季節がめぐる。
今年も春が来た。相変わらず桜は隆昌に咲き誇っていた。
どこかで低く鐘が鳴っている。
彼は眩しげに目を開け、音をたどる。
彼女が、いた。
とても幸せそうな笑顔で。隣にいる男と手を繋いでいた。
真っ白な服に身を包んで、桜色に頬を染めて。
青空に、白いブーケが舞っていた。
…それでも彼は微笑む。
彼女の笑みは、もう儚くはなかったから。
「桜って本当に綺麗だよね」
彼女の声が聴こえた気がして。
彼は少しだけ頬を染めると、フワリ、と彼女の肩に舞い降りた。