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ほしいもの


 セレンはフラウムの宿を後にした。まさかの無一文である。心底前払いでよかったと思った。もっとも、ひょっとしたら交渉次第で皿洗いなどで労働を対価にすれば宿代は免除してもらえるのかもしれないが……今は少しでも早く前に進みたいのが本音である。

 宿屋の主人フラウムに戦利品(ドロップ・アイテム)の売却先を教わり、改めて再訪することは確約している。先ほどの施療院での依頼だけでなく、商会も戦利品を引き取ってくれるらしい。金属や魔石の類ともなれば、武器鍛冶や防具鍛冶の店でも売却可能のようだが、『商会』自体が気になったため、セレンはおすすめの商会を教えてもらった。話を聞けば、その場所が地図に追加される。やや町の中心地近くに表示されているのは、フラウムの親戚が営業しているという『ディクティス商会』だ。

 胸元の温もりを抱いたまま、セレンは通りを進む。行き交う人々はNPCが多い。どこもこれほどの賑わいならば、プレイヤーが少ない町でも寂しさは感じないだろう。NPCかプレイヤーなのかは、その相手を注視した際に現れるアイコンの色でわかる。緑がNPC、青がプレイヤー、赤が敵だ。名前は教わるまで表示されないようで、門番は「門番」だった。


 表通りにある、大店。

 ディクティス商会は想像したよりも大きく、フラウムの宿がまるっと入ってしまいそうなほどの建物を有していた。看板には商会を示すのか、天秤の片側にコインが乗っているマークが描かれている。


「いらっしゃいませ、ご用件をお伺いいたします」


 扉は開かれたままになっており、くぐるとすぐに声を掛けられた。視線を向けると、赤色の上衣を纏った男性店員が立っていた。油か何かできっちりとまとめられた頭部と、その服装の鮮やかな色合いに、セレンは目を瞠る。


「え、あ、戦利品の売却なんですけど」

「承りましょう。どうぞ、こちらへ」


 ついつい、丁寧に話しかけられてしまうと地が出るセレンである。

 商会内には、武器、防具、薬瓶など、様々な旅に必要なものが飾られていた。スーパーのように棚に詰まっているわけではなく、単にあちこちにディスプレイされている形である。おそらく、必要に応じて出してくれるのだろう。

 その男性はカウンターへと案内してくれた。他にも客と従業員の姿がセットになり、あちらこちらに見られる。繁盛しているようだ。

 セレンは皮袋スーカをカウンターの上に載せ、中から戦利品を選り分けた。

 蜘蛛の糸、甲虫の角、ネズミの歯、水色の魔石、カマキリの鎌などを出し、店員へと視線を向ける。


 と。


 それらを見下ろし、ぴくりとも彼は動かなかった。

 その間が怖くなり、セレンはおそるおそる声を掛ける。


「あの?」

「――失礼いたしました。お客様はとても優秀な契約者(コントラティスタ)なのですね」


 その表情がにっこりと営業スマイルへと変わる。褒められたのはわかるが、セレンは思わずかぶりを横に振った。優秀なら、こんな目には遭わせない。


「いえ、契約してくれた妖精やつが、がんばってくれたんで」

「左様でございますか。良いご縁に巡り合われたのですね」


 そのことばに、セレンは苦笑した。何とも答えにくい。

 それを察したのか、店員はすぐに売却手続きを進めてくれた。


 戦利品はどの商会であっても売却価格は変わらないということや、さまざまな場所で依頼が出されているので、その依頼があった場合にはそれに即したほうが利益が高いということなどを教わる。

 そして、ウィンドウが開き、ひとつひとつの商品に対する売却価格が呈示された。全部で七百十(コープル)、単純計算で二十日以上も宿に泊まれる。いや、ひきこもらないが。


「水魔石も売却でよろしいですか?」

「はい。あの、ここで買える剣って見せてもらえます?」


 鍛冶で使えば属性性能などが得られるためだろう。確認作業に、セレンは頷いた。今はまず、まっとうな武器を手に入れることだ。


 あの時。

 もし、クリーク・オンラインで使っているほどの剣がこの手にあれば。

 あんな攻撃に頬を打たれたりもせず、エルーカを守りきれた。


 そんなものはないものねだりで、パラミシア(ここ)で強くならなければ、守りたいものも守れない。


 セレンは胸に手を当てた。ぽこんと不格好に出っ張った服の胸元へ、店員の視線も向く。


「ああ、お召し物もご入用では?」

「いえ、今のところは……」


 ことばを濁している間にウィンドウが結合し、売却の最終確認が行なわれる。セレンは「売却」と「キャンセル」の二つの内、前者を選んだ。入れ替わるように貨幣がテーブルに並ぶ。大銀貨二枚、銀貨三枚、銅貨二十枚。それらを丁寧に皮の小さな袋に入れ、店員はまず手渡してくれた。


「こちらの財布は、初めてご来店のお客様へのサービスです」


 ありがたい話である。

 次いで、店員はカウンターの裏から表へと出てきた。


「お客様がどのような剣をご要望なのかがわかりかねますので」


 そう断りを入れて、まずは店にある最上級の剣を見せてくれるという。ただ、この店は要するにセレクトショップのようなもので、売れ筋の商品しか置かないらしい。

 剣類、長柄の槍、斧、槌、棍、杖、弓矢、盾、そして甲冑や術衣。

 並べられた装備のうち、やはり剣へと視線が向く。長さがまちまちな品があるが、その中でひときわ目を惹くものがあった。


「……クレイモア」

「よくご存じですね」


 なつかしさに、その名を呼ぶ。神器級を手に入れるまで、その重さと切れ味が好みで、よく使っていた剣だった。地球上の歴史でも「ハイランダー」が使用したことで有名なもののため、よくファンタジー系ゲームには登場する一本である。傾斜した鍔と、柄の両脇に飾られた複数の輪の形もよく似ていて、思わずセレンは手を伸ばした。ずっしり来る重み、やや長めの刀身である。両手で柄を握れば、長剣では類を見ないほどの薄い刃の紋が煌いた。

 その重さに、ゆっくりと、セレンは剣先を床に向けて下ろす。


 このままでは、戦えない。


「これ、いくらですか?」

「六百コープル、大銀貨二枚の品になりますね」


 ぎりぎり、買える。

 それがわかり、セレンは躊躇いを捨てた。


 ステータスウィンドウを開く。かつての自分を取り戻すかのように、彼はバローレムポイントを振る。レベル十に至るまでの道筋など、瞬きするほどに短く感じた。とにかく、戦える力が欲しい。剣の適性を得、ひとつだけアクティブスキルを取る。他は(STR)敏捷度(AGI)に振った。

 この世界(パラミシア)では、何よりも妖精の支援が結果を生む。それこそ、攻撃から防御、支援、回復すべてを妖精に期待すればいいのだろう。

 だが、それを求めてパラミシアに来たわけではないのだ。


 少し軽く感じるようになったクレイモアを、セレンは振るった。剣速が各段に違う。それに満足し、彼は笑みを佩く。


「これ、下さい」


 身体は守る。

 だから、心は。


 その決意を示した剣を背に、セレンは商会を後にした。


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