表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/51

追跡


「シオン、自分で走れるよ!?」

「ダメだ!」


 テディベアを小脇に抱え、セレンは人込みを縫うように駆けていく。

 視界にはイウォルの概略図が浮かぶ。緑の印は変わらず、北へ向かっている。


 本性を顕した熊妖精(シオン)のほうが、セレンよりよほど速い。それは彼自身にもわかっていたが、中央に馬車道のある大通りである。歩道には多くのひとが行き交っており、そのサイズを考えればとても頼める状況ではなかった。別行動は、この状況ではもっとありえない。

 そして、これまでの道のりでレベルアップをある程度果たし、敏捷度を上げたセレンなら、ファラーシャを示すアイコンの速度に、じゅうぶん追いつける。その目算もあった。

 路地に入っていくこともなく、ひたすら北上を続けるアイコンを追いながら、セレンは疑問を抱く。


 ――あの、子どもじゃないのか……?


 脳裏に浮かぶのは、やせ細った……薄汚い子どもの姿だ。

 逃走し、妖精狩りへ引き渡すのであれば、断然自分のフィールド(下町)のほうが有利だろう。しかし、アイコンは大通りを行く。どこかで曲がることもなく、それはひた走っていた。


「え……っ」


 不意に、ある一画でアイコンが停止する。

 大通りはそこで二手に分かれていた。迷ったのだろうか。


 迷ったのならいい。そのまま立ち尽くしていてくれれば、なおのこと。


 都合の良い考えを羅列していれば、不安げにシオンが声を上げた。


「セレン、この先ってさ。ひょっとして」

「――シュフォール魔術学院……!」


 他の区画よりもはるかに大きく表示された文字を、読み上げる。

 既に、セレンにも行く先が見えていた。街門に見紛う校門が正面にあり、雅な装飾の鉄柵がぐるりと取り囲んでいる。その向こうには、街の外からも見えた尖塔がそびえ立っていた。アイコンの位置的には、校門の端、通用門あたりだろうか。


 まさか、と思った。

 想像は最悪の形で応えられ――緑のアイコンは魔術学院の内側へと進んでいく。


「ふざけんなよ、あの野郎……!」


 魔術師ナトゥールに対し、言いようのない苛立ちが胸を渦巻く。契約者(コントラティスタ)に印をつけるより、魔術師(自分たち)の管理をすべきではないか。

 魔術師が絡んでいるとは聞いていたが、学院そのものに絡むとまでは思っていなかった。


 そして、たどりついた校門前の通りを……離れようとしている、ひとりの少女の姿を見つけた。


「セレン!」

「シオン、頼む!」


 抱えたテディベアを解き放つ。

 解除(リベラセオ)した熊妖精(陽)(アルクトゥス)は、その巨体を一瞬沈めた。そして、地響きにも似た震動を起こし、宙に舞う。ほんの数歩。少女の頭上を飛び越え、その行く手を遮った。

 唸り声を上げる熊の前に、少女は身じろぎひとつせず、立ち尽くす。細かく震えている背を見て、セレンは唇を噛んだ。


 花売りの少女だ。

 最初から、すべて仕組まれていた。


 緑のアイコンが、魔術学院の奥へと進んでいく。

 セレンは顎をしゃくった。


「連れて行こう」


 シオンはその意図を汲み、少女を掴み上げる。小さな悲鳴は、殆ど音にならなかった。その手に、花かごはない。ファラーシャがどのように連れ去られたのかを察し、気が急くままに踵を返す。

 ほぼ同時に、通用門からひとり、兵が現れた。


「おい、何をしている!?」

「今、この子は花かごを預けたよな」


 使命感に燃えた兵の問いかけだったが、槍を手にしたまま、そのことばに表情を揺らした。


「その中に、俺の蝶妖精(ファル・ファーラ)がいたんだ!」

「何を……バカな。とにかく、すぐにその子を」

「順番が逆だろ。すぐにそこを通せ。文句があるなら」


 セレンは、見えるように左手を翳した。


「魔術師ナトゥールに、全部言っとけ!」


 怒号に合わせ、シオン(熊妖精)は一歩、前に出る。片手に少女を掴んだまま、その腹から響く低い唸り声が、不吉な近い未来を想像させた。鋭い牙を剥き出しにし、兵を威嚇する。


 その時、左手の刻印が――熱を帯びた。

 熱を感じた直後、見覚えのある陣が宙に描かれる。


「――印が、二つに分かれようとはな。

 契約者(コントラティスタ)殿、何事かね」


 その陣から、術衣に包まれた影が姿を見せた。

 怪訝そうに尋ねる声に、セレンは驚きを呑み込んで言い返した。


「あんたのお望みの、妖精狩りじゃないのか? 魔術師ナトゥール」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ