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草原の向こうへ


 いきなり放り出されるのか。


 その事実に少々驚きながら、セレンはアンネの示した町へと歩き出した。足に合った柔らかな革靴の感触に少し不安になったが、下生えやごつごつした小石を踏みしめても問題なかった。そこまでリアルを追求していないのは助かる。

 果物ナイフのような武器だけでは心もとないが、ナビゲーターがいないのでは単身行くしかない。クリーク・オンラインの黒馬を懐かしく思いながら、先へと進む。


 できれば、この道のりで妖精に出会えたら。


 そう願うセレンの心に応えるように――()の存在はそこにあった。




 ところどころに灌木が目立つようになったころ、セレンは大きな蜘蛛の巣を見つけた。正直に言うなら、見つけたくはなかったのだが、あまりにも大きすぎて目についてしまったのだ。殆ど灌木を丸ごと包むほどの大きさの巣だが、主たる蜘蛛は未だに不満のようで、せっせと更に大きな巣とすべく、口から糸を吐き出していた。

 その巣には、青虫がくっついていた。同居人ではないようで、必死でもぞもぞと動いている。しかし、どれだけ動こうとも、べたべたした巣から逃れることはできない。


 これは、レベルアップのチャンスだろうか。


 セレンは腰のナイフを引き抜いた。身動きひとつ取れない青虫ならば、一撃にそれほどダメージが入らずとも反撃もなく、安全に追撃ができる。

 弱いものいぢめと言うなかれ。そこにあるのは経験値だ。

 セレンが歩み寄っても、青虫はそのことに気付いていないようだった。死角なのかもしれないと思いながら、セレンはナイフを振り上げた。

 が、新たなる侵略者を、蜘蛛は見逃さなかった。


「シャァァッ」


 小さな威嚇の音と共に、その糸は勢い良く吐き出された。リアリティというものに蹴りをくれた蜘蛛の魔物に、セレンもまた初心者でありながら初心者ではない動きで応えた。軽いバックステップでその糸攻撃を避け、蜘蛛へと向き直る。

 そして。

 蜘蛛がわずかに身を後ろへ引いた瞬間、大きく踏み込み、ナイフを突き出した。その蜘蛛の行動は糸を吐く「溜め」に当たる。次手の発動時間は二秒ほど。それだけの時間があれば、じゅうぶんセレンがその背中をナイフの刃で貫く余裕があった。

 柄までもをその背中に埋め、手首を返し、ナイフを引き抜く。刺しただけではなく、ダメージを増やす返しを含めることで、ただの一撃は致命傷となった。

 絶命の悲鳴が、周囲に響く。

 同時に蜘蛛は砕け散り、戦利品(ドロップ・アイテム)をその場に残した。視界の中で、文字がずらずらと流れていく。レベルアップしたようだ。たった一匹でもレベル三に上がるほどということは、それなりの強さを持っていたのだろう。確かに、飛び道具()を浴びてしまえば無事では済まない。身動きが取れなくなり、ばりばりと食われていてもおかしくない相手である。セレンは自分は初心者だと改めて言い聞かせた。いつもの調子で戦えば、間違いなくそのうち痛い目を見る。

 そんな反省をするセレンの足元に転がっていたのは、糸の塊だった。


「蜘蛛の糸ってまんまだな……」


 刃こぼれひとつしていないナイフを一瞥し、そのまま戻しても問題ないことを確認すると、セレンは鞘へと収めた。そして、念のため、指先で軽くそれをつっつく。特にべたべたしない。次いでようやく拾い上げ、セレンは皮袋スーカへと蜘蛛の糸を放り込んだ。


 その時。

 視界の端で、それが動いた。


 ひっくり返り、うじゃうじゃと生えた足をばたつかせていたそれ(・・)は、セレンが見守る中で、その姿勢を元に戻した。大地に足をつけることに成功した青虫は、偉大な事業を達成したかのように全身を上下させ、その場で打ち震えているようだった。


 丸々とした、青虫だ。


 安全に倒そうとしていたはずの敵が、自由を得ている。おそらく、こちらのほうが初心者相手の雑魚敵のような気がしたが、セレンはそのまま放置することにした。

 蜘蛛を倒して、糸は消えた。そのおかげで、青虫は自由を得た。亀のごとくひっくり返ったまま途方に暮れるわけでもなく、自力で起き上がることまでできたのだ。

 その運のよさを評価した。

 もっとも、セレンももうレベル三にまで上がったわけだから、雑魚の雑魚に手を出すよりも、効率がよい相手を見つけて対峙するほうがよい、という考えもそこには含まれている。反省しているようで、少しも反省していないセレンだった。


 蜘蛛の次は、毛玉だった。

 厳密に言えば、毛玉ネズミである。チューチューと鳴いているので、セレンは勝手にネズミ認定をした。

 石によく似た灰褐色の、殆ど球体に近い毛玉ネズミは、紅玉のような目をしてセレンに襲い掛かった。口から伸びた歯も灰褐色で、細い手足だけがピンク色をしていて気持ち悪い。

 本人というか、毛玉ネズミ自体は石に擬態しているつもりなのだろうと思う。実際、つっつくまでは動かなかった。だが、草地に丸くてふわふわしたものが転がっているのだ。気にならずにはいられようか。


 一思いに突き刺せばよかった。


 セレンは灰褐色の歯をナイフの背で払い、次いでその身体へ刃を沈めながら反省した。妖精かなと思ったのだ。灰褐色の妖精など、シンデレラでもなければごめんこうむる。残った戦利品ドロップ・アイテムもネズミの歯で、うんざりした。

 しかも、一匹起こせば周囲の擬態していた毛玉ネズミがすべて起きて襲ってくるのである。本当にたまらない。

 全部で五つあった毛玉を五本の歯にすると、さすがのセレンも息切れした。

 その後ろで、もぞもぞと動く気配があった。

 深々と溜息を吐き、セレンは振り向く。

 丸々とした青虫が、白々しくそっぽを向いた。


「何? おまえも戦利品ドロップにされたいわけ?」


 尋ねると、青虫は全力で頭らしきものを左右へ振った。その頭上にあるハートマークをまた見てしまい、セレンは見なかったことにして歩き出す。


 青虫妖精。


 まさかの最初の邂逅が……で、セレンはひたすら逃げを打つしかなかった。


 こいつ、どこまでついてくる気なんだよ……? まさか、なあ。


 地図にまで「妖精」として認定されているようで、ソレは緑色のアイコンで示されていた。

 セレンの予測の通り、ソレはどこまでも彼を追い、短いうじゃうじゃとした足でついていくのだった。

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