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心の護り方


「麗しき絆、まさに契約者(コントラティスタ)の鑑だね」


 やけに情感たっぷりの声音が、セレンの耳を掠めていく。

 喜びと楽しさに包まれ、微笑み合いながら行く旅路は心地よく、一戦ごとに積み重ねていく経験値と、ふたりの力さえあれば、どのような困難であれきっと乗り越えてみせる。そう、思っていたはずだった。

 しかし、こうしてふたりを苦しませることになると改めて目にすれば、受け入れることやただ乗り越えることだけでは到底、足りないとわかる。


 何が、契約者(コントラティスタ)の鑑だ。


 離れようとするシオンの頭に手を乗せたまま、指先に少しだけ力を籠める。こちらへと押しつけるような動きを理解し、テディベアは振り向くことはしなかった。

 セレンは魔術師へと顔を向けた。頬杖をついたまま、魔術師ナトゥールはまぶしそうに目を細めている。その表情がどことなくせつなげにも見え……ことばや瞳に映し出された心境の複雑さから、セレンは意図的に目を背けた。


 この手で守れるものなんて、たかが知れている。

 だからこそ、セレンは自身の手に負えないことまで、受け入れる気はなかった。


「用件がこれだけなら、もう出て行ってもいいか?」

「あとは、妖精狩りに遭遇したらの話くらいだよ」

「この街の兵に訴えたらいいのか?」

「――そうだね。きみたちが捕らえてもかまわないが、処分されるのは困る、かな」


 死人に口なし。証拠とならないモノはいらない。

 そういう匂いを感じ取り、セレンは頷いた。そして、シオンから手を離す。テディベアは、今にも魔術師へ飛び掛かるのではなかろうかと思われるほどの勢いで振り向いた。だが、契約者(コントラティスタ)の選択を、シオンもまた理解している。漆黒の瞳は今にも燃え上がりそうだったが、ただ睨みつけるだけで、そのやわらかな肉球がセレンから離れることはなかった。


「行こう、シオン」

「……うん」


 爪の一部が、ほんの少しだけ、セレンの服を突き抜け。

 その肌をちくりと刺した。


 痛みではないが、微かな刺激はシオンの激情の欠片を伝えているようで。

 セレンはただ、見上げてきた黒く大きな丸い瞳へと、不器用に微笑みかけることしかできなかった。






 左手の刻印は功を奏し、魔術師ナトゥールの部屋から出てきたセレンたちを、扉前で待機していた門番はそのまま詰所の外へと連れ出してくれた。行き交う門番たちもまた、セレンの手を見るだけで、特に口や手を出してくる様子はない。

 セレンは左手へ、イウォルの内側に向けて歩き出した。


「何でそっちに行くの?」


 数歩も進まないうちに、その声が行く手を遮るように背後から放たれた。ふところの温もりを確かめるように、セレンは少しだけ左手を胸元に寄せる。ファラーシャはおとなしく、一言も発さない。しかし、頭をすりつけるような、小さないらえはあった。


「セレンが我慢することなんて、ないよ」


 おそらく。

 自分よりもよほど我慢をしているだろうテディベアは、その胸の内を押し隠してことばを発している。契約者(セレン)の立場や、その行く先を考えている。


 このやさしい熊妖精(アルクトゥス)は、今まで見てきた理不尽に対して、たくさんの不満をかかえている。それは、青虫妖精(エルーカ)の蛹に対しての仕打ちや、花妖精(フロース・ファータ)に関して心を砕く様子からも容易く感じ取れた。


 巨大な何かに、どうすることもできないと己の無力さを突き付けられる。

 そんな感覚なら身に覚えがある。


 「俺のことなら、いいんだよ」と、それくらいなら言えそうだった。

 だがきっと、そんなことばをシオンは求めていない。


 セレンは立ち止まったまま、途中まで振り向こうとして、迷った。

 まっすぐな心がこちらを向いている。しかし、まっすぐに返せるものが、見当たらない。


 すると。

 服越しに、指先がそっと掴まれた。


「――セレン、……」


 小さな小さな声音が。

 ふふっと小さな笑い声を含ませた声音が、くぐもって聞こえた。窮屈さに不満を漏らすでもなく、かくれんぼが楽しい子どものように、ファラーシャは笑う。


 どちらも、それぞれの信頼の形がそこにある。

 なら、きっと、応え方もそれぞれに、違うのだ。


 セレンは指先を掴む手ごと、そっと指を動かした。握手するような感覚でと揺さぶると、ファラーシャも心得たように、手に力を入れて上下に振る。

 黙ったまま、動かなくなったセレンが気になったのか。シオンはそのとなりに並ぶように近づいた。

 ファラーシャの手が離れたのを感じて、セレンはそのまま身を屈める。そして、丸い耳元へ、唇を寄せた。


「こんなつまらないこと、早くやめさせたいよな」

「……え?」


 魔術師ナトゥールは、あわよくばと考えているだろう。

 その期待に応えたいわけではないが、シオンが苛立つような疑いは晴らしてしまいたい。


 魔術師と契約者(コントラティスタ)の身分格差などはどうしようもないが、この刻印が不必要になる方法なら、はっきりしている。


 ぴくりと動いた丸い耳の下で、黒い目が驚きに見開かれた。

 セレンは口の端を上げ、誇り高き熊妖精へささやいた。


「シオンなら、どんなやつだって倒せるだろ? 手っ取り早くとっつかまえてみないか? 契約者(コントラティスタ)と妖精の、俺たちの力をさ、思い知らせてやろうぜ」


 少し悪戯っぽく発したことばに、シオンのまなざしがようやく喜色を帯びる。


「……叩きのめしていいの?」

「ん、死なない程度に、な」

「任せて」


 握った右手を差し出せば、同じように握った右手が返される。

 ふわふわした拳は、軽くセレンの右手の甲に触れ。

 頼もしき熊妖精(アルクトゥス)は、己の契約者(コントラティスタ)のことばに応えたのだった。


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