発見次第
石造りの街壁、大小二つの門。その向こうにそびえる尖塔。
これまでに通った集落は言うに及ばず、始まりのガメリオンよりも大規模に見える。
魔術学院の街、イウォル。
その活気は、遠目からも門の出入りによって読み取れた。ガメリオンよりもよほど、馬車やひとの行き来が多い。ただ、その殆どが大門ではなく、小門を通っているのが気になった。
通常、日中は大門を開扉し、夜間には小門を利用する。
しかし、イウォルでは、幾ばくかの馬車が大門を通るのみで、徒歩の者はそちらを使わない。また、殆どの馬車も小門を通っている。小門とは言え、ゆうに馬車でも対面通行可能な幅はあるようだが、あれだけ立派な大門があるにもかかわらずと思えば、奇妙なことこの上ない。
「ひとってそういうとこあるよね」
妙に達観した意見が熊妖精から出され、否定できなかったセレンである。確かに、変わったことをするだけの理由がそこにあると考えるほうが建設的だ。
近づけば、門番に声をかけられた。
「魔術師か? ならば、小門へ行け!」
予め、「違うだろうな」というニュアンスが含まれた不可思議な問いかけにかぶりを横に振れば、門番は小門のほうへと顎をしゃくった。
バローレムポイントの選択肢には、ステータスやスキルがある。魔法もその中に含まれているのだが、もし選んでいたとすれば、この道行きも変わったのかもしれない。
セレンは素直に、シオンを連れて小門のほうへ向かう。雑多な印象を受ける場所だ。ファラーシャとははぐれないように、セレンの外套と上衣の隙間に潜り込ませている。
「苦しくないか?」
「ん、へーき」
ぴったりとへばりつき、器用にもピンと立った羽がセレンの胸と水平になるように掴まっている。羽が折れたりしないかと心配していたが、この分ではだいじょうぶそうだ。
街壁は意外と分厚かった。ちょっとしたトンネルほどの長さがあり、外界を隔絶している。そして、暗いはずの坑内には魔術具による明かりが灯されていた。
面白いことに、内部には車宿りがあり、そこで馬車は一旦停められている。徒歩の者は門内を左右に分かれて通過していくが、左右それぞれに詰所があるにもかかわらず、門番は立っているだけである。特に個別のチェックはないようだ。
それなら、大門を通してくれても……と考えても詮なきことだと自嘲しつつ、セレンが左側の詰所前を通過しようとした時だった。
「おい、そこのおまえ! 契約者だな!?」
まるで犯罪者を呼び止めるかのような詰問が、トンネル内に響き渡る。途端、手の空いている門番が一斉にこちらへと詰め寄ってきた。前方から三名、後方からも足音が聞こえる。そのうち、詰所前にいた門番の前へ、熊妖精が立ち塞がった。
「結構なごあいさつだね。シオンの契約者に何か用?」
本日二度目、いつもは愛らしさしか感じない声音を低め、シオンは問う。テディベアを見て一目で熊妖精とわかるのか、門番らも恐れおののいている。
守られている自覚のあるセレンは、その頭を撫でた。やわらかな感触が指先をくすぐる。「短気を起こすな」という注意はこのことかと、内心セレンは王子様に感謝した。
「シオン」
ささやくように呼べば、頭に手を乗せたまま、テディベアは振り向く。不満げに口を開き、牙を覗かせた。さすがに、この物々しさは見過ごせないようだ。
しかし、契約者に用事があるのならば、この程度の物々しさでも対処しきれないだろう。契約妖精にもよるだろうが、シオンならば本性を顕さずとも、五人程度ならその腕で弾き飛ばしてしまう気がする。
「……シオン?」
もう一度、今度は頭を撫でながら言い聞かせる。心優しきテディベアは、根負けしたように目尻を下げた。しかし、その手はセレンの外套を握る。
「指一本でも、シオンの契約者に触れたら許さない」
しっかりと警告することは忘れない。
最初から喧嘩腰で対話を行うつもりはなかったのだが、シオンの警戒は周囲に伝播し、個々が獲物を握る手に力を籠めている始末である。逆に、セレンは肩口の柄へは一切手を伸ばさず、目の前の門番へと尋ねた。
「えーっと、何かご用でしょうか?」
結局、シオンと同じ問いかけとなってしまったのは、致し方ないことだった。
案内されたのは、門番の詰所の奥だった。入り口は見た目通りの狭さだったが、内部は相当広い。街壁内に、複数の部屋が築かれているようだった。木製の扉が並んでいる。
「魔術師ナトゥール、契約者を発見いたしました」
そのうちのひとつについた叩き金を叩き、中へと門番が声を掛ける。
――「発見」って、別に希少生物じゃ……あー……。
セレンは扉から視線を落とし、今もなお服を掴んだままのシオンを見る。次いで、服の隙間から覗く青と黒の羽に、自分のことではないと思い至った。
このふたりは、確かに希少なのかもしれない。
「どうぞ」
低い男性の声が応える。
扉は開かれ、前方の門番が先に入った。後方にも門番はくっついてきている。セレンは急かされるより早く、扉をくぐった。
門よりも薄暗い空間で、その周辺だけ明かりがある。石が剥き出しの執務室は、無数の本によって埋め尽くされていた。壁一面の本棚では事足りず、執務机からその周辺に本が積み重なっている。
この部屋の主らしき男性は、その本の山に手元の本を乗せた。開きっぱなしである。今にも崩れそうになり、慌ててもう一度、その本を取り上げた。そして、こちらを見て苦笑する。
「どうも、誤解があるようなんだが……契約者は罪びとではない。偏見を生むような物言いは慎むべきではないかな?」
明かり取りの窓すらない部屋だ。魔術具の明かりに、彼の眼鏡がきらめいた。
「発見次第連行すべし、というのが魔術学院よりの通達かと」
「ああ、うん、魔術学院のせいか。わかったわかった」
やや人間味のある単語のセレクトにはなっているが、あまりニュアンスは変わらない。誤解を棚上げすることに決めたようで、魔術師はひらひらと手を振り、門番を追っ払うようなしぐさをした。
「もういいよ。事情はこちらで説明するから」
「ハッ」
『魔術に光あれ!』
「ひとの未来に光あれ」
片腕だけでのガッツポーズ、に見えた。
決まり文句らしきあいさつを門番らは彼と交わし、速やかに退室していく。そして、扉は閉ざされる。足音は……響かない。
扉の外で、警戒しているのだろうか。
「この部屋は魔術で防音結界を敷いているんだ。だから、楽にしていい」
セレンが扉を見つめている意味合いを察し、魔術師ナトゥールは今一度本を開いたまま、山の上へと乗せようとした。しかし、手放した瞬間、無惨にも本の山ごと崩れ落ちる。
魔術師は、溜息をついた。そして、両手を打つ。途端に室内全体を照らす明かりが灯った。
「さて、聞いての通り、私は魔術師ナトゥール。立ち話もあれだ、よかったらそっちに座らないか? 契約者殿」
少し陰気な、神経質そうなレンズごしのまなざし。
どこか見覚えがある、そんな気がする魔術師だった。