ひとつ、またひとつ
パラミシアにも、移動手段は複数ある。セレンの知る範囲ならば徒歩はもちろん、騎馬、馬車、そして、大地の約定に則した妖精の遊び場だろうか。このうち、セレンが選んだ方法は、無難にも徒歩だった。
「お金、かぁ」
「付加にどれくらいかかるか、わからないからな」
イウォルにおける収納付加のための費用にたどりつくより早く、旅立ちにあたってあれこれと購入したために、懐具合が心許ないというのもあった。
そもそも、急ぐ旅でもない。
日射しはあたたかく、風も心地よい季節だ。
ファラーシャは空をのびのび飛び回り、時折花で小腹を満たすというマイペースさである。
ただの散歩と違うのは、やはり道中に魔物が湧くことだ。
見た目は蛇、兎、鹿、猿、カバと、気分は動物園である。目の色を赤く染め、こちらに襲いかかってくるので、ふれあいとはほど遠いのが難点か。そのひとつひとつを熊妖精が解説してくれるので、名前だけはわかるようになった。
しかも、戦いはセレンの想像より激化しなかった。身体を慣らしたいというセレンの申し出を受け、ガメリオンの逆となり、先に彼が前に出る。クレイモアの切れ味は衰えることなく、セレンに応えた。砕け散る破片から戦利品を拾い上げ、シオンは出番の少なさを嘆く。
「シオンだって、もっと戦えるんだけど」
「うん、まあシオンは強いから……」
強すぎて、この道筋ではほとんど経験値が入らないのである。
ウルスの森に入らず、街道を行く者も想定されているのか、街道の魔物はウルスのそれよりも難易度が下げられているようだった。
複数を対処する場合はシオンも出るが、いずれもほぼ一撃で沈む。体格の良い魔物はそう簡単には落ちず、時折、セレンを傷つけた。すると、ファラーシャがより一層目尻を哀し気に落としながらも癒してくれるのだった。痛みはないので気にしないでとは言うものの、彼女にとって赤い線はよほど痛々しく映るらしい。
よって、セレンはバローレムポイントをステータスの敏捷度に振り始めた。力ではシオンに敵わないのだから、せめて、先制攻撃や回避といった部分で役に立ちたい。ファラーシャに悲しい顔をさせないために、少しでもダメージは受けない形の前衛を目指す。ただ、彼女の場合、癒しの術を使うことによって、蝶妖精としてのレベルが上がっていくので、そのあたりの葛藤は否めない。
魔物のレベルがもっと上がれば、より連携も練習できる。そんなことを考える余裕すらある旅路だった。
比較的穏やかな街道を数時間ほど進んだあたりで、その日の目的地たる村に着いた。商店や宿といった、プレイヤーにとって必要な設備は整っている。戦利品を換金し、セレンたちも一夜の宿を取ったのだが……出立の際、宿の主人から気になる注意を受けた。
「妖精狩りがいるって話だ。気ぃつけな」
ひとの味方となってくれる妖精を、狩る。
セレンがそのことばの真意を呑み込むまで、一拍あった。驚きから、表情が強張り、やがてそこに厳しさが増す。
足元で、テディベアが服を引く。
「シオンも聞いたことがあるよ。特に花妖精が人気なんだって」
「……狩ってどうするんだ?」
「さあ? たぶん、狩られたんだっていう話は聞いても、その妖精はいないから……」
困ったように、シオンはかぶりを横に振った。羽ばたきが頬を撫でる。視線を向けると、いつもより垂れ目になったファラーシャがセレンの頬へと手を伸ばした。小さな小さな指先が、肌を摘まむ。
「セレン、こわい?」
「……あー、ごめん」
セレンは反対側の頬を自身の手でぺちっと叩いた。
瞬間的に、狩られた妖精を自身のそれとかぶせてしまっていたようだ。それはもう、はらわたも煮えくり返るというものである。
そのやりとりを見て、宿の主人は声を上げて笑った。
「まあ、熊妖精なんて代物に手ぇ出すバカはいねぇだろ。頭から食われちまうわ」
「食べないよ。マズそう」
黒い目がげんなりとしているのを見てとり、セレンは表情を緩ませた。宿の主人が、笑い話にしてくれようとしたのがわかる。だからこそ、シオンもまたそれに応えた。
セレンはファラーシャに手を伸ばした。気をつけるべきなのは、彼女のほうだろう。花妖精に見紛うほどの見た目である。セレンにとってはもはや、花妖精よりもこちらのほうがかわいく映るレベルだ。すっかり慣れて、その手のひらへとファラーシャは身を任せる。うれしそうに指先に頬を寄せ、先ほどと打って変わってにこにこと機嫌がよくなった。
「あんまり、遠くに行かないようにしないとな」
「うんうん、ファラーシャは美味しそうな花があったらすぐ頭つっこんじゃうからね」
「花は食べないもん、花の蜜がおいしいのー」
ぷーっとその頬がふくらむ。
愛らしさが別の方向に行き、セレンもまた吹き出したのだった。