くすぐったい気持ち
NPCではないプレイヤーとの旅路は、セレンにとって久々のと付け加えるべき出来事になると思われた。だが、裁縫師クロステルの意気込みに反して、現実問題としてその難易度は遥かに高い。旅路の、ではなく、実現可能かどうかという面においてである。
ふたりが使う「翌日」の定義がそもそもすれ違っていた。
話し合えばすぐにわかったことだが、セレンはそろそろログアウトの時間帯であり、逆にクロステルには時間的ゆとりが残されていた。よって、セレンは無理をせずに答えた。
「俺は明日ログインしてから行くつもりだから、先に行っていいよ」
「んー……せっかくだから、ご一緒したかったんですけど」
仕方ないですね、とクロステルもまた予定を変えたりはしなかった。
逆に、「先にイウォルに着いて、収納について調べておきます!」とまで意気込んでいる。再び旅路は交わるとわかっているからだろう。
お試し鞄はそのままファラーシャに進呈され、その夜は互いの旅路の無事を祈るように、食事をいっしょに摂った。話題は主に互いの妖精についてである。出逢いや絆をどのように結んだのか、戦い方など、話は尽きない。ほぼ、自分の妖精についての自慢話である。
同じテーブルについたまま、その話題の妖精たちもまた交流を続けていた。クロステルは蜘蛛妖精にあやとりを教えていたようで、ふたりの食事中には熊妖精はそれを蜘蛛妖精から教わるという光景まで見られ、微笑ましいのか怖いのか、セレンとしては複雑な心境にならざるをえなかった。
特に、蜘蛛の糸の煌きに怯えて、ファラーシャはシオンの頭のふわふわから飛び出そうとしなかった。それでも、ちらちらとふたりのやりとりを見ているだけ、ただ耐えるだけではない彼女の心根が見えて、その前向きさに、セレンは頭が下がる気持ちだった。
「セレン、私……強くなった気がする……っ」
「うんうん。すごいよな、ファラーシャってさ」
以前宿泊した時と変わらず、個室はさほど広くはなかった。
ベッドの壁側にシオンが転がり、それを背にセレンは靴を脱ぐ。枕元では、ファラーシャが両手をぐっと握り締め、羽をまるで尖らせるように広げていた。
毛布の中でもぞもぞと身動きしていたシオンは、頭だけをそちらへ出し、真っ黒な丸い目を優しく細めた。
「蝶にとって蜘蛛って天敵だから、本能で怖いよね。なのに、無視しないし、正面切って嫌がらないし」
あー、やっぱり天敵か。
過去の出来事によって恐怖が心に刻まれただけではないということに、セレンは表情を曇らせた。蜘蛛妖精に関わるということ自体が、ファラーシャにひたすら苦痛を与えていたのではないかと。
しかし、逆にファラーシャは微笑んで見せた。少し照れたように、そして、少し誇らしげに。
「だって……セレンの、お友達だから。
次は、仲良くなりたいの。シオンみたいに」
どこまでここはパラミシアの世界なんだ。
緩む口元を押さえて、セレンは歯を食いしばる。その背に、やわらかなあたたかさがくっついた。
「まあ、ほどほどにね? 無理してると、セレンが気にしちゃうからさ。そしたらきっと、シオンたちもつらいよ」
「気、気をつける……っ」
そのままころころと転がったようで、シオンはセレンの背中に身をもたれかけていた。
心を撫でていくようなやさしさに、セレンは耐えられなかった。
気合いを入れて、両手で頬を叩く。
パァンと響く音と、繰り出されたことばの内容が異様にあっていなかった。
「よし、寝よう!」
振り向いたセレンに、首を傾げたままシオンは言う。
「へ? あ、うん。おやすみー」
「はーい! おやすみなさい、セレン」
枕元に身を丸めるファラーシャは、背中の羽が傷つかないように俯せになっていた。セレンは覚悟を決めて毛布に入り、テディベアの両脇に手を入れ、抱きすくめる。
「ふぇ?」
「おやすみ!」
そして、問答無用にログアウトした。
パラミシア・オンラインにて。
ゲーム内でログアウト中、契約妖精は契約者同様眠りに落ちる。
よって、その目覚めもまた、契約者と同じ時である。
しばしの休息。
そのあいだに、蓮はまた、戦いの朝を迎える――。




