いちばん
「でもねー……いちばんはセレン!」
熊妖精の頭上から舞い上がり、蝶妖精はセレンの頬に飛びついた。眼前でぱたぱたと動く羽に瞬きし、セレンは手を伸ばす。指先に掴まり、ファラーシャは手のひらへと腰を下ろした。ふふ、と声を上げて笑っている。
いちばん。
そのことばがじんわりと胸に広がっていく。
ふわふわした緑色の身体であったころと同じく、彼女はまっすぐにセレンを見つめていた。
「うんうん。シオンより弱っちいのに、タンラン相手に戦い挑んでたよね。よく勝てたって思う。あの鎌、ホント痛いんだよ」
既に腰に傷はないのだが、シオンは自らのお尻に手をやり、当時のことを思い返しているようだった。木のウロに頭を突っ込んで出られなくなっていた姿を思い出し、セレンは苦笑する。
「きっとさー、セレンはほっとけないんだよね。だから、シオンもそんなセレンをほっとけないんだ」
「わかるー!」
ふたりの妖精は互いに理解を深めているが、セレン自身はそれほど善良な人間であるつもりはなかった。
弱いものいじめは、されたくないからしないだけだ。そして、現実ならば強者とわかっていてもなお足を踏み出す勇気など持ち合わせていない。
ただ。
――ゲームの中でくらい、助けられる手があるなら、助けてやりたいじゃないか。
単純な理屈を、それでもセレンは口にできなかった。あたたかい肯定は心に優しい。せっかくまっすぐにこちらを見てくれるのだから、そのままでいてほしいものだ。
もっとも、自分のゲーム内での腕を過信しすぎて、危険極まりない行為を繰り返していることは否めなかったが。
薬師マーキムは、銀の盆を手に取った。虹色のトリフォリウムがそこにはある。
「妖精の遊び場の近くで摘んだのか?」
「はい。木妖精に許されたので」
「これほどの花だ。周辺に花妖精は見かけなかったか?」
上司に対するようにマーキムへと頷いたが、まさかの花妖精の名に、セレンは驚く。そして、かぶりを横に振った。花妖精の宿る花であったなら、木妖精は全力で摘むのを阻止しただろう。
「花妖精なんてめったに咲かないよ?」
「咲くものなんだ?」
「花からね」
シオンが首を傾げることばを確認すれば、花から咲くように現れる妖精であることはわかった。マーキムの言からも、ある程度の力に満ちた花でなければ、花妖精は咲かないのだろう。
「花妖精を求める契約者は多いんだが、なかなか巡り合えないようでな。熊妖精や蝶妖精と縁づいたセレンなら、見掛けたりしたのではないかと思っただけだ」
「あー、なるほど」
キャッチフレーズやオープニングから考えても、花妖精を希望する契約者が多いのは道理である。実際、セレンも花妖精が得られればと思っていた。
だが、今は。
「必要なひとのところに、妖精って来てくれるのかもしれないですね」
手の中にいるファラーシャを、シオンの頭上に戻す。耳のあいだに乗せれば、ふわふわの毛並みに足先は埋まってしまった。
花に触れていた時、セレンの頭に、花妖精を得たいという気持ちはなかった。このふたりと、そして、関わり合った木妖精のことを考えていた。
「え、契約者が必要に応じて妖精を生み出すんじゃなくて?」
「そもそも、そっちが心を向けてくれなきゃどうしようもないんだよ」
「私、ずっとセレンのほう向いてるー」
「あ、うん、そうだね……」
シオンの言う通り、妖精を選ぶ権利は契約者側にある。実際、必要がなければ契約しなければいい。契約できる枠には限界があり、選り好みするのは当然のことだ。
それでも、妖精側が出逢いを喜びとしてくれなければ、契約者側はきっかけすら得られない。
なかなか巧い仕組みだと思う。
一方的な気持ちでは、絆は結べないのだ。
「さて、このトリフォリウムだが、買い取っても構わないか? もちろん、回復薬にしてほしいならば、その希望も承るが」
視界にウィンドウが開く。
それは、当初の北の森クエストのクリアを祝福するものだった。経験値が大幅に得られ、セレンのみ、レベルアップする。
次いでトリフォリウムの買い取りや回復薬作成可能である旨の条件設定が表示された。買い取り価格には上乗せがあることや、回復薬作成の場合、出来上がりのHPやMP回復量などの予想もまとめられている。回復薬作成の依頼のみを行なえば、逆に作成費用を要求されるようだ。
「半分は買い取りで、残り半分はHPとMP回復薬に」
「いい選択だ」
薬師マーキムはにやりと口元を歪ませ、セレンの選択を受諾した。




