大地との約束
淡く花を彩っていた虹色の光は、摘んだ途端、花びらの一枚に凝縮したようだった。そのひとひら以外は、ごく普通の白い野花のように見える。
楽しげに摘んでいく熊妖精に対して、木妖精は自らの蔓草を分け与えた。二十ほど数を摘み終え、茎をひとまとめにすると小さなブーケのように見える。
花びらにそれぞれ、ひとしずくの宝石が落ちたような花束だ。
「きれいだな」
蝶妖精にとっては食事に見えるようで、さっそく頭を突っ込もうとしていた。さっき「おなかいっぱい」と言っていたような気がするのだが……。
「ダメよ、蝶妖精。なくなっちゃうわよ」
「う、つい……」
摘む前ならば食事をしても、花は消えない。一度摘むと、蝶妖精が花の蜜を得ると消えてしまうそうだ。アイテムという認識に変わるせいだろうか。
「ファラーシャの分、もう少し摘んでもいいか?」
「ううん、私のはいいの」
妖精の遊び場の周辺には、無数に花々が咲き乱れている。一束で足りないのならと木妖精に訊けば、当の本人から拒否された。曰く、食事のためなら、摘み花よりは野に咲く花のほうが好ましいらしい。
「ガメリオンの周辺になら、たくさん咲いてるから」
「そうだね。必要な分だけにしておいてよ、セレン」
「わかった」
差し出された花束を受け取る。熊妖精から教わったトリフォリウムという名称が、視界に映った。薬効としては鎮痛や血止めに使えるという。慎重に皮袋に収める。
「大地の恵みは必要な分だけいただくの。たくさんあるからって無駄にしないのが、妖精と大地の約束事ね」
木妖精からも注意を受け、セレンは頷いた。
妖精という存在と自然のかかわりの仕方には、納得できる。
仕様的に考えるのなら、無限に有用な消費アイテムを取得し、無制限に金銭を稼がせないためとも言えるが……彼女たちの言い分のほうが、世界観に合うものだった。その視点から考えれば、今ここで「こんなにあるんだからありったけ」という選択を行なえば、いきなり奈落に転がり落ちるルートが浮かび上がる。なお、セレンは断じて選ばない。
「契約者としても、その約束事は尊重するよ」
妖精の大切にするものは、自分もまた大切にする。単純な理屈故の発言に、木妖精は笑みを深めた。
「森の子の眼は、確かだったようね。
――ウルスの森の契約者、セレン。あなたに木妖精も力を貸しましょう」
その柔らかな声音に合わせ、ウィンドウが開く。
『大地の約定』とタイトルを打たれた内容は、妖精の遊び場間の転送機能の解放だった。
死に戻り先は通常、直近に登録した妖精の遊び場となる。しかし、この大地の約定を結ぶことによって、自分がこれまで登録したことのある妖精の遊び場へ、条件付きではあるが、どこへでも一瞬で転送することができるようになる。その条件は、パラミシア時間において、日に一度しか使えない、ということだ。もちろん、対価はかからない。
「大地はすべて繋がっているわ。私の契った絆が、あなたと大地を結びつけた……大事にしてね」
ふわりと微笑む様子は、最初に会った時とは雲泥の差だった。そのやさしい表情に、つい、セレンは尋ねた。
「――あんたは、来ないのか?」
ハートは表示されていない。それでも、ここまでのことを為してくれる妖精ならばと、期待してしまう。
その問いかけに、木妖精は口元を引き結ぶ。
「私は行けないの」
「セレン……木妖精の本体は、木なんだよ。遠く離れることはできないんだ」
大地に根付いた樹木から、木妖精は離れられない。おそらく、生息している森の中でなら自由が得られるのだろう。シオンのことばに、自分の短慮さをセレンは恥じらった。
「ごめん。いや、ほら、妖精なんだからってつい。殺したいくらい気に入ってくれてるんならって……えっと、今のもやっぱナシで……」
発言がどんどん泥沼化していく。
くしゃりと前髪を握りつぶして、セレンは言い直した。
「ここに来たら、また会えるんだろう? ならいいや」
「――ええ、そうよ。いつでも、待ってるわ」
表情を翳らせていた木妖精が破顔した時、テディベアの頬が風船のようにふくれあがった。
「セレン、殺してはないけど気に入ってるんだけど?」
「私、癒したいくらい気に入ってるー!」
「あ、うん、知ってる……」
既に契約済みの妖精のことばに、ハートが出ていない時に口説くのはやめようと悟ったセレンだった。




