表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/51

大地との約束


 淡く花を彩っていた虹色の光は、摘んだ途端、花びらの一枚に凝縮したようだった。そのひとひら以外は、ごく普通の白い野花のように見える。

 楽しげに摘んでいく熊妖精シオンに対して、木妖精ドライアドは自らの蔓草を分け与えた。二十ほど数を摘み終え、茎をひとまとめにすると小さなブーケのように見える。

 花びらにそれぞれ、ひとしずくの宝石が落ちたような花束だ。


「きれいだな」


 蝶妖精ファラーシャにとっては食事に見えるようで、さっそく頭を突っ込もうとしていた。さっき「おなかいっぱい」と言っていたような気がするのだが……。


「ダメよ、蝶妖精ファル・ファーラ。なくなっちゃうわよ」

「う、つい……」


 摘む前ならば食事をしても、花は消えない。一度摘むと、蝶妖精(ファラーシャ)が花の蜜を得ると消えてしまうそうだ。アイテムという認識に変わるせいだろうか。


「ファラーシャの分、もう少し摘んでもいいか?」

「ううん、私のはいいの」


 妖精の遊び場(フェアリー・サークル)の周辺には、無数に花々が咲き乱れている。一束で足りないのならと木妖精ドライアドに訊けば、当の本人から拒否された。曰く、食事のためなら、摘み花よりは野に咲く花のほうが好ましいらしい。


「ガメリオンの周辺になら、たくさん咲いてるから」

「そうだね。必要な分だけにしておいてよ、セレン」

「わかった」


 差し出された花束を受け取る。熊妖精シオンから教わったトリフォリウムという名称が、視界に映った。薬効としては鎮痛や血止めに使えるという。慎重に皮袋スーカに収める。


「大地の恵みは必要な分だけいただくの。たくさんあるからって無駄にしないのが、妖精(私たち)と大地の約束事ね」


 木妖精ドライアドからも注意を受け、セレンは頷いた。

 妖精という存在と自然のかかわりの仕方には、納得できる。

 仕様的に考えるのなら、無限に有用な消費アイテムを取得し、無制限に金銭を稼がせないためとも言えるが……彼女たちの言い分のほうが、世界観に合うものだった。その視点から考えれば、今ここで「こんなにあるんだからありったけ」という選択を行なえば、いきなり奈落に転がり落ちるルートが浮かび上がる。なお、セレンは断じて選ばない。


契約者コントラティスタとしても、その約束事は尊重するよ」


 妖精()の大切にするものは、自分もまた大切にする。単純な理屈故の発言に、木妖精ドライアドは笑みを深めた。


「森の子の眼は、確かだったようね。

 ――ウルスの森の契約者コントラティスタ、セレン。あなたに木妖精()も力を貸しましょう」


 その柔らかな声音に合わせ、ウィンドウが開く。

 『大地の約定』とタイトルを打たれた内容は、妖精の遊び場(フェアリー・サークル)間の転送(ワープ)機能の解放だった。

 死に戻り先は通常、直近に登録した妖精の遊び場(フェアリー・サークル)となる。しかし、この大地の約定を結ぶことによって、自分がこれまで登録したことのある妖精の遊び場(フェアリー・サークル)へ、条件付きではあるが、どこへでも一瞬で転送ワープすることができるようになる。その条件は、パラミシア時間において、日に一度しか使えない、ということだ。もちろん、対価はかからない。


「大地はすべて繋がっているわ。私の契った絆が、あなたと大地を結びつけた……大事にしてね」


 ふわりと微笑む様子は、最初に会った時とは雲泥の差だった。そのやさしい表情に、つい、セレンは尋ねた。


「――あんたは、来ないのか?」


 ハートは表示されていない。それでも、ここまでのことを為してくれる妖精ならばと、期待してしまう。

 その問いかけに、木妖精ドライアドは口元を引き結ぶ。


「私は行けない(・・・・)の」

「セレン……木妖精ドライアドの本体は、木なんだよ。遠く離れることはできないんだ」


 大地に根付いた樹木(身体)から、木妖精ドライアドは離れられない。おそらく、生息している森の中でなら自由が得られるのだろう。シオンのことばに、自分の短慮さをセレンは恥じらった。


「ごめん。いや、ほら、妖精なんだからってつい。殺したいくらい気に入ってくれてるんならって……えっと、今のもやっぱナシで……」


 発言がどんどん泥沼化していく。

 くしゃりと前髪を握りつぶして、セレンは言い直した。


「ここに来たら、また会えるんだろう? ならいいや」

「――ええ、そうよ。いつでも、待ってるわ」


 表情を翳らせていた木妖精ドライアドが破顔した時、テディベアの頬が風船のようにふくれあがった。


「セレン、殺してはないけど気に入ってるんだけど?」

「私、癒したいくらい気に入ってるー!」

「あ、うん、知ってる……」


 既に契約済みの妖精ふたりのことばに、ハートが出ていない時に口説くのはやめようと悟ったセレンだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ