求める心と、抗う心
光の周囲には花々が咲き乱れ、まさに妖精の遊び場たる形を成している。
求めていたものが目の前にある。
セレンは――駆け出したいのを堪え、拳を握り締めた。テディベアはその姿を見上げ、少し首を傾げる。
灰色の熊は広場の中ほどまで進み、セレンたちへと振り向いた。
「ウルスの森へようこそ、契約者よ」
低く、唸るように響く。まったくもって歓迎していない声音の、歓迎のことばだ。
森の長たる熊妖精は、鋭いまなざしをセレンに向けたまま続けた。
「我ら妖精の友として、この森を訪いし者よ。
世界の変容はこの地に生きとし生けるもの、すべてが感じ取っておる。だが、地が裂け、多くの命が奪われようとも、本来、我らには関わりなきこと」
「母さん……!」
シオンの制止に、長は揺らがなかった。
「生あるものはいずれ死ぬ。それが早いか遅いか、ただそれだけだ。
しかし、そなたたちのように、足掻く者もいる……」
ウルスの森の長、と名の表示が書き換えられ、次いで赤へと染まっていく。
セレンはクレイモアを引き抜いた。妖精の遊び場の間近に戦場を選んだのは、ただ彼女の縄張りだからか。
その疑問を口にする余裕はない。
「ウルスの森は、ウルスの森に棲む者すべてのもの。
その心に適うのであれば、妖精の遊び場へ立ち入ることもやぶさかではない。
よって、これは我が感傷にすぎぬ。
この先、我が目に適わぬ契約者が立ち入ること、断じて能わず」
「何だよそれ、意味わかんないんだけど!?」
両手を腰にあて、頬をふくらませながら、シオンは苛立ちのまま叫ぶ。
その時、ようやく長の声音が和らいだ。
「我が子よ、誉れ高き熊妖精となりし者よ。己の契約者をよく守るがいい。
でなくば――死ぬだけだ」
背後で、息を呑む気配がした。
木妖精も感じ取ったのだろう。
この、強烈な殺意を。
北の森に足を踏み入れるということが、そこにいるクエストボスと戦うことを意味するなど百も承知だった。覚悟ならあった、はずだ。
シオンのおかげで、ここまでの道筋でレベルは上昇している。推奨レベルで言うならば三十はなければならないところだが、セレンはまだそこに到達していない。それでも、シオンがいれば勝てると思っていた。
シオンと、長の縁を聞くまでは、のはなしだ。
今は……もう、わからない。
親子喧嘩など、見たくもないのに。
「セレン、行って!」
その声は、確かに届いた。
まっすぐに、森の長がセレン目掛けて襲い掛かる。その間に立ち塞がるべく、小さなテディベアは本性を解き放った。巨体同士がぶつかり合い、地響きすら起こす。そのツメが互いの身体を傷つける。背後のセレンにたどりつかせまいとするシオンの心が、咆哮となって響き渡った。
空気が震える。
シオンの咆哮に重なるように、森の長もまた吠えた。
痛みではない。気迫の咆哮は、間近のセレンの鼓膜を揺らす。
戦闘なんて、慣れているはずなのに……何故、迷うのか。
シオンをどかすべく、長のツメは両脇に突き立っていた。皮袋からHP回復薬を出し、中身を背中からぶっかける。もともとのステータスが高い熊妖精には、焼け石に水程度の回復量だ。それでも、減少していた数値をわずかに癒した。
「シオン、頼む」
セレンのことばに応えるように、シオンもまた吠える。
ほんの少しだけ、長の身体が下がった。
その瞬間、セレンは駆け出す。
「グァァァァゥァッ!」
シオンの苦鳴を背に感じながら、ただひたすら、虹色に向かう。その視界に、蔓草が伸びた。
「――邪魔すんなよ!」
塞がれる前にとクレイモアで両断するセレンの後ろから、木妖精が叫ぶ。
「あんた、あの子を置いてどこいくのよ!?」
「決まってんだろ!」
なおも、蔓草が生い茂る。そのすべてがセレンに伸びる前に、切り捨てられていく。
新たにまた、咆哮が聞こえる。それには明らかな意味が込められていた。
「手出し、無用――!」
途端、木妖精の蔓が、力を失ったように地に落ちた。
「ど、どうしてですか!?」
困惑する木妖精をそのままに、セレンは蔓草を踏みつけて先に進む。今度は、シオンの絶叫が響いた。足の裏にまで感じる、一際大きな振動。シオンのHPバーが大きく削れている。
セレンはクレイモアを投げ捨てた。この重さがなければ、もっと早く走れる――。
「グガァゥッ!」
背後から、足音が迫る。
間に合えと祈りながら、セレンは懐から蛹を抜き出した。
握り締めたまま、ひたすら、走る。
だが。
衝撃が、背中を襲った。
HPバーが瞬時に緑から黄色へ、そして橙から赤へと減少し始める。しかし、この世界では、痛みはない。体は動く。
虹色の光は、花々の中心にあった。
揺らぐ空間へと、セレンは最後の力を振り絞り、腕を振るった。
蛹が、妖精の遊び場へと吸い込まれていく。
虹色の光を吸収し、それは、弾けた。