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森の子


 視界に、人影はない。

 セレンは今一度、周囲を見回す。


 ふふっ、と笑う声が、した。


 しかし、やはり誰もいない。

 森の中に響く女性の声音に、セレンは唇を引き結ぶ。熊妖精シオンが服の裾を、引いた。


木妖精ドライアド、知らない?」


 その指摘に、改めて周囲の木々を見上げた。すると、一際大きな樹木と、蔓草の影からそれが姿を現した。オープニングで見た通り、木の葉の服を纏った妖精の少女が微笑んでいる。少し樹木と重なって見えるのは、彼女の棲家だからだろうか。

 その枝が、揺れる。


木妖精ドライアドも知らずに、森に入るなんて……」


 木の葉擦れの音は、彼女が身体をくねらせて笑っているもののようだ。だが、会話の切り出しからもまったく好意は感じなかった。その頭上の「ドライアド」の名は緑で、一応、敵ではないことを示している。


「知らなくはないよ」

「ふぅん?」


 セレンのことばに、愉しげに笑う。彼女の表情は、どこか昏い。すぐにそれは瞳のせいだと気づいた。木漏れ日すらも排除したような、暗い、まなざし。色すらもわからないそれを、セレンから熊妖精へと向ける。


「で、あなたは騙されたの?」


 ……この物言いですら、敵ではないのか。

 セレンが憮然とした表情を浮かべると、未だに掴んだままの服の裾をくしゃくしゃになるほどシオンが握り締める。


「違うよ。騙されたりなんて、してない」

「騙されている子は、だいたいそう言うの。あなた、しかも長の子でしょう? どうして森を出たの?」


 気になる単語が含まれていたが、それについては後回しだ。

 この木妖精ドライアドの発言は疑問形だが、違う。自分の思う結果に、話を流しているだけだ。そこにシオンの気持ちなど、入る余地はない。

 セレンは指先でシオンの頭を撫で、そのまま引き寄せた。促されるままに、熊妖精はもたれかかる。


「森の妖精さん、悪いんだけど通してもらえるか?」

「あら、どうして? まだおはなしは終わってないわ」

「あんたとおしゃべりする気が、こっちにはないんだよ。あんたの望む答えが欲しいなら、自己完結しとけっての」


 やわらかな、歌うような口調で拒絶してくる彼女に、セレンは硬い口調で拒絶し返す。

 風もないのに、葉が揺れる。周囲の木々を凝視すれば、ところどころに緑のアイコンと文字が浮かんだ。

 そういえば、と、セレンは剣を持つ手に力をこめる。妖精も、必要があれば、敵に回るのか。


「生意気言わないほうがいいわよ、人間。

 ここは森の領域、あなたは所詮、とらわれびとよ」


 緑が、赤に染まっていく。

 それでも、セレンは最後に尋ねた。


「森を騒がせたのは詫びる。でも、こっちも用事があって立ち入ってるんだ。妖精の遊び場(フェアリー・サークル)まで、できれば通してくれないか?」


 間道が、蔓草によって塞がれていく。

 そのさなかにも、彼女の声は続いた。


「あなたたちはそうやって、私たちの領域を都合がいいように使っているけど……妖精の遊び場(フェアリー・サークル)は、本来、妖精にとっての安全地帯なの。誰にも脅かされない場所なのよ。騒がせていることを認めるなら、そのまま出ていきなさい。

 もちろん――ひとりでね」


 一枚、木の葉が落ちる。

 まっすぐにセレン目掛けて放たれた一葉は、その頬を抉って力を失った。赤い筋を頬に描かれ、セレンはシオンから手を離し、拭う。


「悪いけど、その妖精のためにどうしても行かなくちゃいけないんだ。誰を傷つけたいわけでもない。邪魔するなら、無理にでも通してもらう」


 複数存在する木妖精ドライアドすべてが敵に回ることすら、覚悟していた。

 しかし、赤に染まったのは、話しかけてきた一体だけだ。セレンはクレイモアを握り、蔓草のほうへと足を踏み出す。


「――っ!」


 振り上げた刃は、道を塞ぐ蔓草の一部を断ち切った。しかし、更に蔓草は伸び、新たなる垣根を作る。そのうちの一本が、セレン自身に伸びた。クレイモアの刃は、他の大剣と異なり、切れ味が鋭い。躊躇いなく振り下ろせば呆気なく断たれ、その部分が千切れ落ちた。


 そして、木妖精ドライアドは動いた。無数の蔓を身体に這わせながら、その指先がセレンに向く。鞭のようにしならせて放たれた蔓の一撃を、クレイモアで断つ。だが、木妖精にとってそれはあいさつのような一撃だった。続く左手の蔓が、迫る。刃を返し、それもまた斬る。


「ふふっ、どこまでもつかしら?」


 愉悦を含ませた声音は、セレンの背筋に冷たいものを這わせた。木妖精はそのことば通り、次々と蔓を振るい、セレンを試す。徐々に速度を上げていく蔓の動きに、呼吸を乱されていく。


「ぅぁっ!」


 驚愕は後ろから疾った。

 咄嗟に振り向いてしまい、肩を蔓に打たれ、セレンは地に倒れた。その視界に、身体に蔓を巻きつけた熊妖精が映った。

 シオンには、刃のあるものを何も持たせていなかった。断つこともできず、その身体は宙に吊り上がる。


「安心なさい。森の子を傷つけたりしないわ」

「だああっ、もう、放してよ!」

「暴れないの」


 宙づりになってもなお、熊妖精は手足を動かした。ぶらぶらと蔓が動き、ブランコのように揺れる。


「ふぐぅっ」


 その蔓が、確かに締まった。苦し気に、シオンの表情が歪む。


「おとなしくしていなさい」


 セレンは舌打ちし、クレイモアを振るう。しかし、何かが彼自身の脚に引っかかり、バランスを崩した。たたらを踏みながら、セレンはそれを見た。大地から持ち上がった太い根が、邪魔をしている。

 そして、新たなる蔓草が、頭上から落ちてきた。シオンへ手を伸ばせないようにと、遮る蔓の檻である。


「ちょっと緩めろよ! 苦しがってんだろうがっ」

「暴れるからでしょ」


 蔓草を切り払いながら叫べば、唇を尖らせて木妖精は言い返す。


「そうよ。あんたが早く出ていけば、こんなことにはならなかったんだから。だから、出ていきなさいよ」


 木妖精の両腕から、一気に蔓が伸びる。

 交差した蔓はセレンの背後から、その身体を、腕を、縛り上げた。ぴったりと身体を這う蔓は、セレンを徐々に木妖精のほうへと引き寄せていく。


「……出ていくのが嫌なら、私の養分にしてあげましょうか? 森の一部になれるわよ」


 木妖精の唇から、素晴らしい提案だと言わんばかりにその軽やかな音は発された。

 途端、咆哮が響き渡る。


 周囲の樹木をも揺るがすほどの、大音声は――熊妖精シオンから発されていた。小さなテディベアの姿が、歪む。


「んなこと、させるかあああああっ!!!!!」


 異形。

 シオンの身体が膨張し、その度に蔓が千切れ飛ぶ。愛らしいもこもこが、どこかで見た本物の熊そっくりに変貌していく。


 システムが告げる。

 ――熊妖精シオンが、解除リベラセオを実行しました。


 その文言は、熊妖精アルクトゥスシオンの本性を示していた……。


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