あきらめと期待
ログインしても、クランに誰もいないというのは末期だと思う。
固有名詞がすべてグレーダウンしているメンバーリストを眺め、「こんにちは」すら言う相手がいないまま、セレンは客室から出た。押し寄せる賑わいは慣れたもので、変わり映えのしないNPCたちの雑談風景を見下ろしつつ、階段を下りる。剣士ギルドなので、テーブルを埋めるNPCもまた様々な剣を佩いている。空きテーブルにつくのではなく、受付まで進む。
「あら、おはよう。今日も日課?」
愛想よく受付嬢のナナが声を掛けてくれる。但し、これもNPCだ。それでもにこやかな女の子であることに変わりはない。セレンは多少の愛想を発揮すべく口元を歪め、頷いた。
「うん、今日はどんなの来てる?」
「メインクエストとしてはいつも通りよ。丸一日前線の維持とか、魔族の指揮官の暗殺任務とか」
彼女が説明するごとに、視界へとウィンドウが開く。どちらも戦争がらみの依頼だ。
魔族と人間というわかりやすい戦争の構図の中にいると、エンドコンテンツはこのようなものになる。だが、PTを組まずに行けば野良で……見知らぬメンバーと組まなければならない。一手でもミスれば叩かれる。それは避けたかった。
「もっと簡単なの……」
「亜竜が出たらしいの。サクっと十五頭ほど狩ってもらえないかしら?」
「それにする」
難易度が若干下がり、報酬はもっと下がるが、それでも独りで行ける。
レベルは既にカンストしている。生活費さえ稼げればいいのだ。危険はいらない。
細かな注意事項を聞き流し頷くと、依頼の説明ウィンドウに受注のマークが重なる。これで手続きは完了だ。セレンは剣士ギルドを出た。大通りに面しているだけあり、活気がある。だが、これも殆どがNPCである。最近はプレイヤーを殆ど見掛けない。いないわけではなく、エンドコンテンツのランキング上位を競うため、戦場を駆け巡っているだけだ。街中になどいるはずもない。
ああ、もう終わりかな。
セレンは胸元から騎笛を出した。吹き鳴らすと、どこからともなく騎獣が現れる。課金アイテムの黒馬だが、今はさらに新しい課金アイテムである妖精の羽のほうが人気だ。馬の上から攻撃するにはリーチの広い武器、もしくは魔法が要る。妖精の羽であれば飛べる上に、リーチが短くても戦える。それでももはや、課金する気はなかった。毎日毎日、ただ宿代や食費、装備の修理費に少しの余剰を稼ぐだけの日々だ。
友と呼んでいた者は、既にこの世界を無言で去った。
黒馬の手綱を握り、馬上のひととなる。腰に佩いた剣が音を立てた。この世に現存する神剣……但し、数千もあるうちの一振りである。それでも最高レベルの剣であることに変わりはない。この一本を手に入れるためにどれだけ苦労したか。それはもはや、遠いと言っても過言ではない過去だが。
埃っぽい空気が、鼻先をくすぐる。セレンは軽く足首を黒馬の腹へ触れさせた。黒馬はそれを合図に駆け出す。
今でも最前線に行けば戦える。
その自負があっても、何となく、もう誰かと関わるのが面倒で。
今日もひとり、剣を振るい……セレンは金貨の袋を得て、剣士ギルドの客室でログアウトした。
基本動作を現実に即したフルダイブ型VRゲームが主流となり、今は群雄割拠の時代、様々なゲームタイトルが軒を連ね、しのぎを削っている。どこのゲームタイトルでも登録者数百万と謳うのだが、ゲームソフトはDLで無料、課金アイテムによって稼ぐというスタイルであれば、「とりあえず遊んでみるか」という連中が増えるのは道理だ。
そして、新しい世界で友達ができたなら、一緒に遊びたいと思うのは、当然の帰結だった。
一緒に遊ぶためには、ある程度強くなければならないことが多い。そこで、ゲームによっては「強くなるために課金をしたほうがよい」ものもある。時間がない社会人のための、お金で事を済ませるという大人的配慮だ。財布はどんどん軽くなる。強さだけではなく、そこにコレクション要素が加わったり、そのアイテムを集めるために大量のラインナップからランダムで入手できる課金方式を取るゲームもある。
魅力的なコンテンツを如何に提供し、商業として成り立たせるか。どのゲームメーカーもそれぞれに答えを出しているわけだが、そんな時代でも、月額課金のみでも遊べるゲームタイトルは存在する。
ベッドに転がり、タブレットの画面をスクロールさせつつ、天ケ瀬蓮は新作と打たれたゲームタイトルをかたっぱしからチェックしていた。彼にとって、重要なことはただひとつだ。
「……癒されたい……」
ぽそっと漏れたことばは、過労による疲労に襲われた肉体と精神どちらもが求める要求だった。毎日毎日朝早くから働き、夜遅くに帰って来るのだから、せめて眠るまでの二時間くらいは充実したい。日替わりクエストだけなら、他のゲームをしながらでもできるだろう。ちなみに、その分早く寝るという選択肢はない。小学生時代から、ゲームこそが己の存在理由である。
その視界へ、ついにこの上もない宣伝文句が映った。
『あなたを、癒したい』
薄いピンクの髪に、大きな純白の花を咲かせた妖精が、両手を広げたグラフィック。
蓮はそのゲームタイトルをタップした。
パラミシア・オンライン。
人間と妖精が暮らす世界で、人間であるプレイヤーはNPCである妖精を仲間にしつつ旅をするというものらしい。体験版は一週間のみ無料、初期設定からアバターの設定変更以外は月額課金のみという。
件の妖精はイメージキャラクターの花妖精で、ルルディと書かれていた。花妖精は様々な術を使うことができるのだが、彼女は癒しの術を持つという設定のようだ。
パラミシア・オンラインの予告編を眺めながら、蓮の心は新たなる世界へ旅立つ。
かわいい妖精の女の子に癒されながら、一緒に旅をする。
今まで遊んでいたゲームのことを思い出す。
ソロではダメージを受けたら回復薬を呷って終了、である。エンドコンテンツでのバトルでは野良でもダメージに対して即回復魔法が飛んでくるのだが、どうにも作業感は否めなかった。回復がタイミングよく入らなければクリア後にもダメ出しがあったので、できて当たり前というシビアな世界だったのである。考えてみると怖い。
遠い昔には、相棒となりそうな友人がいたこともあった。しかし、彼女も気がつけばログインしなくなっていて、自然消滅した。プレイヤーは現実を優先するものだ。そんなことはわかっているし、ゲーム廃人でもなければ当たり前のことだ。
最初からNPCなら、そんな問題は起こらない。
それこそ最初から救いようがない思考回路のような気がしないでもないが、ギスギスしたコミュニケーションは仕事だけでじゅうぶんだ。ゲームでまで人間関係に悩みたくない。今やAIも進化し、人間の良き相談相手どころか、人間の開発するものを上回るような代物まで開発し始めている。そのうち「人間イラナイ」ってなりそうだなとは思うが、人間にプライオリティを高く設定しているあいだは大丈夫だろうと思いたい。うん、俺を優先してくれたらうれしい。
とりあえず、体験版をダウンロードしながら、蓮はパラミシア・オンラインについて調べることにした。ゲームのスタート地点、初心者向けに効率よくクエストを進めていく案内などが次々と出てくる。そこで、驚愕の事実を知る。
「……運……?」
――妖精は気まぐれなので、ここに記載されている場所に必ずいるとは限りません。あくまで目撃情報や、実際にそこで妖精と接触できたという記録です。ご了承下さい。
絶対に花妖精をまず仲間にして――という蓮の熱い決意は、その初心者への愛情あふれる注意書きによって、ゲームを開始する前から早くも頓挫の予感に満ちたのだった。