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部誌

作者: まいにくん

2ちゃんねるVIPワナビスレ短編選手権に投稿したもの

お題「ポン酢」「ライオン」「氷」

 あまり褒められた行為ではないけど、誰も見てないし少しくらいなら……。

 僕はすうーっと鼻から空気を吸い込む。甘いやらぬるいやらなんと言い表していいかわからない、しかしとっても「いい匂い」が頭のなかに広がって思考力がどんどん低下していくのがわかる。

 女子高校生の部屋というものはなんでこんなにいい匂いがするのだろう。いい匂いがしない男子高校生なんかがいることでその純度を下げてしまって誰かから怒られないだろうか。

 僕は今、部活の先輩の家に招かれている。

 校舎改装上の都合により、テスト前でもないのに僕が所属している文芸部は強制的に休部にさせられていた。とは言え文芸部なので「どうせ活動なんてほとんどしていないだろう」という教師側の憶測によってか、特に他の部屋があてがわれることもなかった。しかし僕としては部が発行する部誌を編集し完成させる作業が切羽詰っているので困る。どうしようか途方に暮れているところに、ちょうど今日一緒に作業する予定だった先輩がやってきて、「私の家に来ないか」と提案してくれたのだ。

 部誌の編集には当然パソコンが必要で、普段は学校から貸し出されるものを使っているのだが、それについては先生にきっぱり学外持ち出し不可と言われた。その上僕はパソコンを持っていないのである。先輩の家に来たのは、進級祝いに買ってもらったという先輩のパソコンを使わせて頂くのが主な目的だ。嘘はついていない。

 そのノートパソコンはシックな黒いデスクの上に置かれている。淡い青色をしており、知的な感じがする。

 青色なのは部屋全体もそうだった。そこまであらゆるものが、というわけではないが、カーテンも下に敷かれたマットもベッドの布団も青に近い色が選ばれている。黒いデスクにも青のラインが所々に入っていて、僕はこれを意外に感じた。

 『女の子の部屋=ピンク』という変な固定観念は思春期の男子ならみんな持っている。いや、正直なところそれはアニメかなんかの中だけの話だとは判っているのだが、なんせ碌なサンプルがないので代替物の寄せ集めででっち上げざるを得ない。これが悲しき男子高校生の生態だ。

 なんてことを考えているとふいにドアが開き、この部屋の主である先輩が入ってきた。

「いや、待たせたね。コーヒーを淹れるのにちょっと手間取ってしまって」

 そう黒髪おさげで可愛らしい見た目なのに存外ハスキーな声でいう先輩は、コーヒーの乗ったお盆を持っている。僕も先輩も学ランとブレザーのままで、ガラスのテーブルに相対するように座る。

「まあまあとりあえずコーヒーでも飲んで」

 頂きますと言い、勧められるままにアイスコーヒーの入ったコップを口に運ぶ。中の氷がカランと音を立てる。

 思えばこの時点でおかしいと気づくべきだった。今は冬だ。

 コーヒーを一口含むと、広がる芳醇な柑橘系の香り。酢酸特有の酸味に醤油のしょっぱさと豊かな昆布だし、これは……。

 脳が異常を感知し、ガフッ! ガフッ! と盛大にむせる。

「ふむ……」

 なんですかこれ! ポン酢じゃないですか! と僕は先輩に抗議するが、先輩はホッとした顔で、

「そうか、味覚障害には至っていないのだな。安心したぞ」と、割と本当に安堵した感じで言う。えっと、なに言ってるのこの人?

「いや、最近君には部誌の件でいろいろ無理をさせてしまっているからな。ストレスや疲れが過剰に溜まっていないか確かめたくなったんだ。すまなかった」

 いや、確かに味覚障害はストレスなんかが原因で起こることもあるらしいですけど、一学生の部活動の部誌の編集がいくら大変でも味覚障害になるほどのストレスは流石に……流石にポン酢は味覚障害でも嗅覚でわかるでしょう……。

 あとから聞いたことだが、最初ホットにしようとして温めてみたら匂いでバレバレになったのでボツにしたらしい。それでアイスか。

 ぶっちゃけ先輩の突飛な行動は今に始まったことではないので笑って済ますことにした。いや、そうするしかない。でも僕がもし味覚障害になったら原因の大部分は先輩にありそうな気がしますよ?

 と、笑顔で睨んでも「はっは」と笑うだけなので僕は諦めて部誌の編集を開始することにした。

「ちゃんとUSBは持ってきたかい?」

 僕はコクリと頷く。これがないと編集作業はできない。

 早速それを先輩のノートパソコンに挿し、作業を始める。

 カタカタと文章の校正やレイアウトなどを確認していると、ふいに部屋のそれとは比べ物にならないとてつもない「いい匂い」がしてきた。

 なんだと思って見回すとすぐ近くに先輩の顔が。いつの間に……。

「いや、最近君にばっかり仕事させているからな。任せっぱなしというのも悪いので肩を揉んでやろう」

 というと、その華奢な体に似合わない結構な力で僕の肩を揉み始めた。あの……気持ちいいんですけどタイピングができないんですが……。

「本当に凝っていたな。これは整体師の娘として本気を出さねばなるまい……」

 あの、先輩、人の話聞いてます? あっでもめちゃくちゃうまい。僕はついにタイピングと思考を諦めて先輩にされるがままになってしまう。

「疲れが溜まっていないか気を配り、解消する。それも先輩としての勤めだと思ったんだよ。……まあ本当は君にお礼がしたくてね」

 先輩によるマッサージはもはや肩だけじゃなく全身に及んでいた。いつの間にかうつ伏せにされ先輩に腰のあたりに乗られ、体重をかけて何もかも揉みほぐされようとしていた。しかも甘い甘い良い匂いもしてもう……なんでもいいや……。

「青色は落ち着くと聞いて部屋も模様替えをしてみたんだ……ははっ、気持ち良さそうな顔がまるで子猫のようだぞ?」

 猫? その言葉を聞き僕はガバッと起き上がり逆に先輩を押し倒す。キャッという小さい悲鳴が普段のすました先輩のイメージとギャップになって僕の鼓動が速くなる。

「ど、どうしたんだ?」

 どうしたもありませんよ、先輩さっきからわざと胸押し付けたりとかしてたでしょう? もう我慢の限界ですよ。僕は先輩のペットじゃないので。

 先輩はにっと笑って、

「そうか、子猫と思って遊んでいたら牙を剥かれてしまったな……ネコ科はネコ科でもライオンだったということか」

 そう言い終わるか終わらないかで僕は先輩の口を口で塞ぐ。

 んっ、と声にならなかった何かが振動となって伝わってくる。

 華奢で柔らかく、とてつもなく『いい匂い』のする先輩。僕はスカートの下から手を差し入れると――




「先輩?」

「なんだい?」

「これ部誌なんで。全年齢。わかってます?」

「……はい」

「いい加減早く終わらせてくださいね? もうあと先輩の原稿だけなんですから」

「……現実と入れ替わってくれないだろうか……」

「なにか言いました?」

「いいや何も……」

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