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第4話 門馬波奈のメモリー

「…悪いけど1つ聞かせてくれ。…何故来た?」


夜の8時過ぎ、古梶家離れの屋敷の居間。


丸い木製のちゃぶ台を挟み、俺と門馬さんは畳の上に直で、向かい合う形で座っていた。


ちなみにこの離れの屋敷には、俺と門馬さんの2人しかいない。


「何故って…それは、嘉秋くんのお嫁さんになったから…」


無垢な瞳で、さも当たり前かのよう言った門馬さん。


居間の天井からぶら下がる丸型の家庭用蛍光灯の光が、その門馬さんの無垢な瞳をより一層照らし輝かせ。


「…何でそもそもそこに納得してるの? えっ何で?」


「何でって…私は嘉秋くんの許嫁だし…」


「この平成の世で何故その許嫁って概念を当たり前かのような理解で受け入れてるんだよ」


「だって…お父さんが決めた事だし、何より旦那さんが嘉秋くんだ、って聞いたから!」


この子の考え方に多少の違和感を感じた。


「……あのさ」


あまり言いにくい事。


しかし、場の状況を整えるために、切り出す。


「俺…キミの事、全く知らないし…親父が言うには昔会った事あるらしいんだけど…全く覚えてないんだよね」


相手の顔を伺いながら。


俺は話を続けた。


「正直、知らない異性といきなり夫婦、同居とか…俺は中々に受け入れられない。無理と言ってしまっても良い程だ。門馬さんだって、こんなよくも覚えていない男といきなり同居とか嫌でしょ?」


許嫁…など、平成ともなった泰平の世には無縁かついらない概念。


今や誰しもが自由に恋愛をし、愛し合う互いが認めた上で夫婦になる。


古に習いし今の世に合わぬ風習など、斬って捨てるべき考えだ、と俺は思うわけで。


「…私は、嘉秋くんのことを覚えていますよ?」


まだ若干幼さの残る、甘くも透き通った女の子の声で。


彼女は、ニコっと笑顔でそう言った。


「私は嘉秋くんのことを覚えています。だってそれに、私はあの時から…ずっと嘉秋くんのことが好きですし!」


「…えっ?」


素っ頓狂な声とは、まさにこれか。


不意打ちからのカミングアウト。


俺は一瞬だが、頭の中が真っ白に。


しかし次の瞬間には落ち着きも理性も取り戻し。


「えっと…門馬さん? かなり前の出会いらしいけど…覚えているの?」


まずはそこから。

聞いたところによると、門馬さんは俺より2つ年下。


同時期に体験した昔の事なら、2つ年下の門馬さんが覚えているなら俺だって覚えているハズ…なんだが、


「はい! …逆に、嘉秋くんは覚えていない…のかな? あの、岩の上での事」


明るく笑顔を見せつつも、どこか寂しげな表情を見せた門馬さん。


向こうが覚えていてこっちは覚えていない…って言うのは中々に申し訳ない話なのだが、覚えていないものはしょうがない。


と、半ば開き直りにも近い考えを脳裏に浮かべつつも、


「岩の…上?」


岩の上…


「それって、なんの話?」


謎のワードながらに、何故か引っかかる。


「…昔、私が1回嘉秋くんの家に来た時、庭にあった大きな岩に登って、手が滑って落ちた時に…嘉秋くん

、私の事を助けてくれたの」


彼女の瞳は、思い出してくれと訴えかけるかのような力強さを備え。


「…なんか、微妙に記憶にある」


俺は霞む記憶をひたすらに辿り、ぼんやりながらも1つの思い出のトビラを開く。


何か昔…ほとんど覚えていないが…


何か落下してくる誰かをキャッチして助けたような…


「あの時…嘉秋くんは私を受け止めた時に、岩に額を切って血が出て…2人して大騒ぎしたの。覚えて…ないかな?」


「…あー、何か僅かながらに覚えてる」


しかし。


その時の相手の顔や、名前や、色々は全く思い出せず。


そんな事があった、レベルにしか記憶はなかった。


「あの時から私は、身を挺して護ってくれた嘉秋くんのことを一時たりとも、全く忘れた事無いんだよ?」


「…なんか申し訳ない」


思い出せない。

ここまで来てるのに、思い出せない。


寂しげな表情を見せた門馬さんは、困ったような…苦笑を浮かべ。


そして、柔らかい口調で続けた。


「…私は、嘉秋くんのことが好きです。あの時からずっと…好きです。夫婦になっても全然良いくらい好きです」


「……」


「会って話した時間は短かったけど、昔あの時会って、数日だったけどすごく大きな思い出になって…私の初めての恋は、今もずっと忘れずに私の中にあって…」


親父の我がままから始まった、皆が望まぬ適当展開かと思っていた、この状況。


少なくとも、俺には理解し難い現状。


しかし、偶然か必然か…俺の元に現れた女の子は、昔俺に恋をした…この現状に1つの可能性を見出している女の子で。


「…突然だし、嘉秋くんにとっては知らない女の子かもしれない。普通に考えたら嫌な話かもだけど…」


申し訳なさから俯きつつある俺の顔を、彼女は真っ直ぐに見つめ。


「…1ヶ月、だけで良いから…私と夫婦になって下さい」


「…えっ?」


そのあまりにも突然な願い。


「1ヶ月私と暮らして、その間に嘉秋くんが私の事を思い出せなかったら…その時は離婚でもなんでも構わない。だけど…せっかく久々に会えて…私」


真面目に、切なく儚くも。


語る彼女の瞳は揺れていた。


「お願い! 思い出して…あの時の事。私はずっと待っていたの、あの時の最後、お別れの時に言った…あの言葉を!」


「……」


内心、面倒くさい事になったな。って思う。


人にこうも想われる事は初めてで、悪い気はしない。


が、やはり悪いのは自分の記憶力なのは承知の上で、やっぱり思い出せない。


どうして…


あの時俺は岩に額を切って…


記憶が…











『好きだから…オレがとうしゅ、になったら…波奈ちゃんんを、せいしつに…』










「……取り敢えず、1ヶ月な」


昔…俺は、恋をした事が、あったような。


朧げな記憶。頭が痛くて、ズキズキしてて、霞がかかっているかのような、当時の記憶。


「俺にはその時の記憶は無い。けど、記憶の鱗片はある。何か引っかかるというか…」


「嘉秋くん…」


気が付けばびっくり。


条件を付けつつも、

俺は旦那になる決意を決めていた。


自分でもびっくり。


でも、どこか嫌な気はしなくなった。


何故だか…言えば知らぬ女の子の旦那になるって事だけど…


何故か、理性のどこかがこの現状を喜んでいる。


ずっと、待ってたって…


「1ヶ月門馬さんと暮らしてみて、それでも思い出せなかったら…悪いけど、俺の事は諦めてくれ。


…でも俺も、出来る限り…門馬さんの事を思い出せるよう努力はするよ」


果たして、端から見れば出会ったばかりの男女がいきなり夫婦になるようなものなのだが。


出会いは必然かつ偶然かつ、奇跡的なもの。




取り敢えず何事にも、物は試しに、があっても良いと思う。


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