第3話 今日から君はマイファミリー
俺は昔、彼女に会った事があるらしい。
あるらしい…そう、俺の記憶は曖昧だ。
古梶家は戦国時代より代々続く名門中の名門。
かの武田信玄、上杉謙信、北条氏康、今川義元らを圧倒するかの勢いを見せていた、らしい、我がご先祖、古梶又左衛門ノ助春嘉。
その又左衛門ノ助さんが1代で築き、こうして平成の世まで代々繋げてきた、古梶家。
故に。
名家故に、各戦国より続く名門の家々との方と、沢山の交流を持つ事になる訳で。
同盟、連合、停戦…戦国時代に行なれた様々な交流しかり、それは現代の社会にも同じ。
俺は古梶家の長男として、生まれてからこの方…沢山の方々と出会ってきた。
数多くの名門家の当主や、その息子娘達に会ってきた。
そんな中で、たった1人の当主の娘の顔など、覚えいる訳などなくて…
「今日からお世話になります! 不束者ですが、どうぞよろしく!」
パンパンになったボストンバッグを両手に持ち、満面の笑みで我が古梶家の敷地内の端にある、離れの屋敷の玄関に現れた、
俺の、嫁の、
門馬波奈。
いや…もう形式上は『古梶波奈』だ。
「…よ、よろしく」
俺は自分でも分かるくらいの、煮え切らない態度を取った。
今日の午後のあの後。
客室で待っていたのは、親父が俺の嫁にと連れてきた門馬波奈…さんと、その母親。
そこからの流れは台風直撃時の川の濁流の如き早さだった。
まずこちらの反応待たずして一瞬の隙に親父が俺を羽交締め。
その一瞬に気を取られた時、どこからともなく現れた、古梶家の道場の門弟である若い兄ちゃん2人組。
門弟2人は締まり動かぬ我が身体に無理矢理ハンコを持たせるな否や、そのまま客室の真ん中に置かれたテーブルの前へ連れてかれ、
そのテーブルの上にあった書類…と思わしき紙にまたもや無理矢理ハンコをポンっと。
その書類即ち…婚姻届。
まさかの速攻。
ここまで掛かった時間、僅か5秒。
あまりの突然な出来事に固まる俺。
何が起きたかさっぱりなのだ。
そしてそのまま固まる俺を他所に、親父は目前で俺と同じく固まる、門馬波奈さんに向かい、言った。
「波奈さん、今日からあなたの苗字は古梶だ。ようこそマイファミリー!」
納得はしていない。
全くと言って良い程、納得はしていない。
「いいのかよ…えっと、門馬さんだっけ? こんな意味のわからない状況、理解した上でウチに来たのか?」
俺は油断をしていた。
無理矢理ハンコを押し、完成した婚姻届。
普段ならば、
「何やってんだよ、バカかアンタ! こんな…おまっ、バカか親父!」
と、ツッコミのひとつやふたつ入れることろなのだが。
こんな互いの意見を無視した婚姻届など、受理されるハズが無い。
相手方も固まっているのを見るに、恐らく不本意。
当人同士が望んでいないのだ。
こんなのはナシだ。
故に、油断していた。
今日からマイファミリー。
荷物まとめて夕方には古梶家の離れの屋敷に来てね、と言って一旦門馬さんを帰らした親父。
こんなの、来るわけないじゃん。
と、思いながら迎えた夕方。
門馬波奈さんは、親父の言い付け通り、
古梶家の離れの屋敷へと、やって来たのだ。