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第1話 古梶嘉秋のモーニング

日本国において、男子は18歳、女子は16歳になれば一応、結婚は出来る。


まぁ未成年は保護者の承諾とかいろいろあるんだけど。


……結婚。


それは、人間のほとんどが憧れ、求めるモノ。


男女が互いに愛し合い、夫婦となる。


まさにそれは、幸せそのものなのだ。















俺の名前は古梶(こか)嘉秋(よしあき)


高校3年、18歳。


俺の実家の古梶家は戦国時代より続く、伝統のある武家の血筋。


ウチの先祖は数々の戦いで功績を上げ、数々の褒美を得たんだとか。


現に実家はバカみたいに広いお屋敷だ。


また実家には道場や離れの家、井戸や馬小屋まであり、まさに戦国時代を生き抜いた武家の家って所。


そして俺はあと2年、二十歳になれば19代目の古梶家当主として、この家の主となる(予定)




……って所を除けば、まぁ普通の高校生です。


武家って言っても何百年の前の話だし。


いくら本家の直系と言ったって、毎日真面目に武芸や学問に励んでいるわけではないよ?


普通に学校行って、友達とバカして、下校中に寄り道したり、ゲームやったり漫画読んだり、映画やゲーセン、ショッピングに行ったり。


いや本当、武芸なんてやってません。


まぁ小学生の時にスイミングやってた程度。


運動は平均レベル、勉強は文系なら得意だけど理系はまるでダメ。


まさに普通なんだよ。













「お前ももう少しで成人だな。そろそろ当主交代も真剣に考えんと」


よく晴れたとある月曜日の朝。


土壁に畳造りの屋敷の広い居間で、俺と親父とお袋とで朝飯を囲んでいた。


ふっくらと艶のある白米、具沢山の味噌汁、味の染みでた厚焼き卵、油控えめの焼き魚、甘味のある漬物他、まさに和風そのものを表現したかのような朝飯。


俺はその中の漬物を箸でつまみながら、唐突に親父の口から出た言葉を聞き、首をかしげた。


「当主交代? まだ俺18だぞ?」


古梶家18代目当主の親父は29歳の時に家の当主を継いだと聞いてる。


まだ俺18だし。


「嘉秋」


「な、なんだよ親父。急に真剣な顔になって」


「……ワシ、早く引退したいんだよ」


「いや、しらねぇよ!」


古梶家当主になる。


それはすなわち、この家の全てを任される事。


実家のすぐそばにある古梶武道場の師範になるとか、広い屋敷の整備や法的手続きをしたりとか、地味に裏社会とリンクしてるため、その会合に出たりとか。


とにかく歴史ある古梶家の当主になる事は、一切の責任を負い、完璧な采配を降り、他を凌駕する存在とならなければならない。


すなわち、そんじょそこらの若輩がやすやすと就けるモノではないのだ。


若輩の技量では、間違いなく古梶家は1代で潰れてしまうだろう。


「ワシさぁ、もう疲れちゃったんだよ。当主だからこそのプレッシャーってやつ? もう身も心もクタクタ」


「今年で満半世紀生存の大人が何言ってんだよ。頑張れ、せめて俺が成人するまでは頑張って当主やってろよ」


「ムリムリ。嘉秋にはわからんだろうが、結構大変なんだよこの家」


「そ、そりゃまぁ、いろいろあるとは思うけどさ……」


「そうなの、いろいろあるの。とにかく大変なの」


「……で、その大変をまだ未成年の息子に押し付けようってか?」


「うん(はーと)」


「きめぇ、とにかく地獄行け親父! 俺はまだ当主には就かん!」


「……はい、現当主のワシからの命令。今日から当主は嘉秋」


「ちょ、おいッ!」


古梶家の家柄の事については、当主の命令は絶対なのである(門限とか)


「もームリ。ワシ限界。もう降りる。1抜けた」


親父は厚焼き卵をくわえながら畳に突っ伏した。


「まて親父、まず始めに唐突過ぎて……」


「古梶嘉秋、本日を持って貴殿を古梶家第19代当主に任命する」


「ちょ、親父! あんたが持ってるその紙ってまさか……」


「うん、当主交代の正式書類」


いつの間にやら、何かヤバいモノを持ってた親父。

書類には既にはんこが……


「待て待て待て! まだ俺当主継ぎたくない! まだ学生ライフ青春ライフエンジョイしたい! あんな当主プレッシャーなる大変な思いしたくない!」



「こら嘉秋! わがまま言わないの!」


「わがまま言ってんのはどっちだ!」


「うるさいっ! そもそも今年で50のお父さんに青春とか学生とか言うな! なんか昔が恋しくなるだろ!」


「いや知らねぇよ団塊世代!」


「ちょ、嘉秋お前団塊世代ナメるなよ! 戦後すぐを生きた団塊世代ナメるなよ! コオロギを食ったんだぞ!」


「団塊世代って言った俺が言うのも何だけど、どっちかって言ったらアンタは高度経済成長世代だろッ!」


「いやぁ懐かしいな。昔は母さんと一緒にディスコで踊ったものだ。ポルシェ懐かしいぃ」


ちなみにお袋はかなりの無口人間。

さっきから1人、何も喋らずに食事食事。


「だから知らねぇよ! ってか歴史ある家の人間が何遊んでんだ!」


「嘉秋だってよくゲームとかしてるだろ?」


「その遊びじゃなくて、夜の遊び!」


……と、まぁくだらない会話がしばらく続き……


で、結局……




「はい、今日から嘉秋が我が古梶家の当主さんになりました! パチパチ!」


スキンヘッドで立派な顎ヒゲを蓄えた、目付きの鋭い筋肉質体型の親父は、その怖そうな風貌からは想像も出来ないような、満面の笑みを浮かべていた。


「くそっ……あとちょっと会話が当主の話からズレてれば、隙を見て当主交代の書類を奪えたのに……」


俺は畳に這いつくばり、仁王立ちして笑う親父を見て、ただただため息をつくしかなかった。


「って事で、今日から君が当主。今日は13時から公会堂で地主会議、15時から古梶武道場で稽古、18時から三丁目の店で裏の会合だ。頑張れよ」


「何笑顔でさらっと言ってんだクソ親父。俺は今日学校だッ!」


「ノー青春、ノー学校、ノーライフ」


「せめて生きさせろやッ!」


「まぁまぁ嘉秋、今日の日程はまた後で考えるとして」


「誰だ、朝っぱらから唐突に当主交代してバカみたいな予定立てたヤツはッ!」


「嘉秋よ」


「何だよ、俺は今日学校に……」


その時、親父は笑顔ながらも少し真面目な雰囲気の中にいた。


まるで、暖かい父親のような……(実際はバカでダメで暖かくない父親)


「……お前も、成り行きはともあれ古梶家の当主となった」


「ったく、誰のせいだよ。おかげでこっちは人生1度の青春がお先真っ暗になったわっ!」


古梶家当主になったら、多分業務が忙しくて学業、または学校どころではなくなると思う。


実際、古梶家当主としてやってきた親父を見ていて、そう思ったのだ。


あの業務の量はハンパではない。


「今日突然当主となったお前には、まだ実感が湧かないと思うが、当主となった以上、お前は立派な大人になったのだ」


「大人ねぇ……」


だから何だってんだ。


こっちは今朝突然古梶家当主になれと言われ。


親父とのちゃんとした話し合いなしに俺が突然当主になり。


そして、大人になったと言われ。


「……親父、とりあえず時間だから、俺学校行くわ」


俺は急いで残りの朝飯を平らげ、玄関にてカバンを背負う。


「嘉秋、当主とは即ち一家の大黒柱。一家の、大黒柱だ」


俺を追い、居間から玄関へと出てきた親父。


俺はそれを無視して靴を履き、靴紐を結ぶ。


「お前には当主となった以上、大黒柱にならなければならない」


どういう理屈だ。


「つまり、お前にも家族がいなければな」


……もう知らん。


俺は靴を履き終え、玄関の引き戸へと手を掛けた。


「……今日、これからワシがお前の許嫁を決めてくる。そしてお前が学校から帰って来る前には家に連れてきておくから」


……だからもう知らね……ん?


「お前はその許嫁と二人で離れの家で暮らせ。なぁに、必要な家具とかも揃えておくから」


……え?


「嘉秋にも当主として、家族の暖かさ、大切さを知ってもらわねばな。何たって大黒柱、古梶家当主な訳だし」


「……な、なぁ親父」


「あ、あとさっき言ったけど今日13時から公会堂で地主会議だから。途中学校抜け出して来い!」


「…………」




















そして、その日の放課後。


「…………」


結局13時に学校を抜け出さなかった俺。


で、真面目に6時間目までの授業を受けて、現在帰路についている所。


空は橙色に染まり、アスファルトに映る影は長く伸びていた。


「…………」


そんな中、帰宅中の俺の脳裏には、ある言葉がひたすらにループしていた。


「……当主、大黒柱、許嫁……」


何か正直、家に帰りたくない。


何か……嫌な予感がする……。

















少し話は代わる。


今から10年前、古梶嘉秋8歳、小学2年生。


場所は古梶家中庭、庭の端にある大きな岩の近く。


「あわわ〜……お、降りれない……」


大きな岩の上に、和服を纏った小さな少女がいた。


必死に岩に掴まり、岩から滑り落ちないよう、一生懸命に手に力を入れて。


その大きな瞳は恐怖の涙で揺れ、短く切り揃えられた黒髪が微かに震える。


「うぅ……」


恐怖からか声が出ない。


助けを呼べない。


幼心が告げる、このままでは一生岩から降りれないという考え。


少女はただひたすらに震えていた。


そして……




スルッ


「あっ……」


身体全体が力み過ぎたが故に、草履の足元が滑り、少女は岩から落ちた。


気持ちの悪い浮遊感。


目の前に見える、空の青。


全身から力が抜ける。


そして恐怖。


「いやっ……」


少女は目をぎゅっとつぶった。














「ちょっと波奈、何ボーッとしてるの。もうすぐ嘉秋君が帰ってくるわよ!」


「……えっ?」


その時、少女は我に返った。


あれから10年。


そして10年ぶりとなる古梶家、その客室。


年代物の掛け軸に水仙が生けてある壺、緑色の畳に松の机。


そして座布団の上に正座して座る、和服姿の少女。


「いいかい波奈、あんたは今日から門馬家の代表として、古梶家の人間になるんだよ。分かってるね?」


「……うん、分かってるよお母さん」


少女はこれまた隣で正座して座る和服姿の中年の女性……少女の母に対し、笑顔を作った。


「だって私、今日から嘉秋君のお嫁さんだもんね」


その時


「いやぁ門馬さん、お待たせしてしまってすみません」


客室に入ってきたのは、古梶家前当主の古梶政宗。


古梶嘉秋の親父である。


「ちょっとウチの嘉秋の帰りが遅くてですね、もうしばらくお時間が掛かってしまうかもしれないのですが……」


苦笑をしつつ、政宗はペコペコと頭を下げる。


「いえいえ、お時間は全然大丈夫ですので。お気になさらず」


少女の母親―――門馬家現当主、門馬幸村の妻、門馬雪恵も苦笑しつつ手を軽くふる。


「波奈さんもすみませんね。嘉秋には一応今日許嫁を連れて来るとは言ってあるんですが……」


「あっ、いえ、全然大丈夫ですよ!」


そして少女―――門馬家現当主門馬幸村の娘、門馬波奈は、ボーッとしていたせいか少し慌ただしくなっていた。


そして、少し落ち着きながら……


「……また嘉秋くんに会えるなら、こんなちょっとの待ち時間くらい、へっちゃらです!」














古梶家同様、戦国時代より続く武家の一家、門馬家。


古梶家とは良きライバルでもあり、良き仲間でもある。


ただ、門馬家は古梶家に比べて若干規模が小さい。


故に戦国時代、門馬家は敵国に攻め入られると、よく古梶家を頼っていた。


そして、古梶家は代々当主の正室として、女性を門馬家から引き抜いていた。














古梶家第19代目当主、古梶嘉秋、齢18。


門馬家第17代目当主の娘、門馬波奈、齢16。


2人の物語は今、始まろうとしていた。

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