まさかの…
その後にバリンと校庭を覆っていた結界が破れる音がする。
ついで、良く通る綺麗な声が聞こえた。
「待ちなさい!」
皆が何事かと上を向く。
逆光で誰だかは分からないが青いオーラを纏った短剣を顔の前でクロスして飛び込んでくる人が一人。
言うまでもなく…
「フィリア!!」
ライラが嬉しそうに叫んだ。
「何?!アイツは仲間が押しとどめているはずじゃ…」
男たちの顔が驚愕の色に染まる。
スタッとライラをかばうように男とライラの間にフィリアは着地をした。
「フィリア?!その傷!!」
フィリアは白い制服はまだ湿っている赤い血で赤くなっていた。
「傷なんかついてない。それにもしあったとしても、このくらい…」
ライラのほうは見ず、敵の方だけを見すえるフィリアは少し、ほんの少しだけふらついた。
「…そうか、腹を怪我してるんだな。さすがにお前でも無傷で通ることはできなかったか。我が精鋭たちの前では」
第3王女直轄の軍が二つに割れて、大臣と思われる太っている人物がフィリアへ告げた。
「うるさいんだよ、このデブ。何が『我が精鋭たちの前では』だ。ふざけてんのか?よっぽど死にたいみたいじゃないか、下っ端」
ちょっとだけフィリアはそいつを睨むと吐き捨てるように呟いた。
デブもとい下っ端もとい大臣は顔を赤くしたり青くしたりと大忙し。
「ああそうそう。ライラは下がっていて。こいつらの目的が何か分からないうちはあんまり前に居ない方が…」
クルリとフィリアが手を回すと二振りの短剣が合わさって青いオーラを放つ剣になった。
「でも、フィリア怪我して…」
「大したことないって、こんな傷。放っておけば治るし。それよりも、こいつらが」
怪我よりも、ライラの無事よりも、敵の素姓の方が気になるらしいフィリアに彼女はがっくし。
「そうそう、吾輩の高貴なる目的は第3王女の身柄を確保して王に捧げ手柄を立てることだ」
やっと普通の顔色に戻った大臣はフィリアに向かって叫んだ。
「その為にも、貴様には第3王女を呼ぶ為のエサとなってもらわねば!おとなしく捕まるが良い!じゃないと、この女は死ぬぞ」
いつの間にかセノーテをそばに連れてきている大臣。
「フィリア、ど…」
うするの?という続きの言葉はライラには言えなかった。原因はフィリアの笑顔だった。
「ク、フ、フフフフフフフ。アハハハハ」
フィリアはこの世の全てのものを嘲うかのように嘲笑する。
「何それ。まさかそんな女の命ごときで私がおとなしく捕まるとでも思ってるの?バッカじゃないの」
「フィリア…?」
ライラが戸惑いを素直に言葉に乗せて現す。
「だいたい、お前何様のつもり?目障りなんだけど?たかが下っ端大臣ごときがいい気に乗るなよ?」
一度後ろに手をかざし、生徒たちに結界を張ってから、大臣の方へ歩み寄るフィリアの後ろになんとなくライラも続いてみる。
「と、とまれ!本当に殺すぞ!!い、いいのか!」
自ら刀を震える手で持ち叫んだ大臣へフィリアは囁いた。
「人を殺す時はね。もう少し上の方を切りなさい。じゃないと殺せないんだから。アドバイスしてあげ
ているのよ?」
大臣はある程度までフィリアが来たのを見ると黒ずくめの男たちへ叫ぶ。
「生徒を皆殺しにしろ!!」
「できるわけないでしょ。この私が張った結界なんだから」
「何を偉そうに!お前は何様なんだ?!言ってみろ!!答え次第では…」
大臣が意地悪そうな笑みを浮かべる。
「私が何者かが、そんなにも重大?」
「重大に決まっておろう!!貴様は何者だ!答えられるのか?儂は、貴族様だからなぁ!庶民が、身分で勝ち誇れるわけがなかろう?」
嘲笑う大臣にフィリアは深く深呼吸をしてから、大臣を睨みつける。
「バカにするのもいい加減にしろ、このデブ。貴族は偉いのか?庶民だったら、お前に従わないといけないのか?貴族制度はなくなったのに?私より、弱いくせに」
フィリアは大臣へ静かに歩み寄る。
「それから。1つ忠告しておこう。私は、貴族よりも身分が上だ、と」
「…は?」
ずっと動かなかった第3王女直轄の軍へフィリアはちらりと視線を向ける。
と、中央に立つ人物が困り顔でフィリアに声をかける。
「すいません、フィリア様。いえ…第3王女様。今回、我々は王様の命令で大臣殿に従うことになっていまして…」
「って、バラさないでよ!?なに、新手のイジメ!?
…まあ、仕方、ないよね。なんたって家出中だし」
これを聞いたフィリアはため息をつくと、呆けている大臣の手をつかみ地面にたたきつけてから、生徒を襲っている男たちに遠慮なく切りかかった。
「フィリアが…王女?!」
セノーテがようやく呑み込めたのか呟いた。
「本当に王女だったんだ…」
ライラも呻いた。
「止まれ!今すぐに止まりなさい。第3王女フィリア・リスィエルの勅命だ!」
フィリアが男たちに叫ぶ。
「証拠がないんじゃ止まれないねぇ」
男たちのあちらこちらからそのような声が聞こえた。
「証拠が有ればいいんだろう」
フィリアはこれを聞くとまだ手に持っていた魔法剣を右腿に突き刺した。
「ちょ、フィリア?!」
「〝我が契約に従いし聖魔よ、青国リスィエルの守護獣よ、我が貢ぎによりて今ここに召喚す。我が呼びかけに応じいらえよ。時は満ちたり。汝、我に使えよ!シルヴァールーン″!」
血がダラダラと流れ地面に血溜りをつくる。
フィリアが呪文を唱えると血が地面に吸い込まれるかのように消えて、淡い青の光が複雑な陣を結ぶ。
「セノーテ、シルヴァールーンって何?」
「ええと、青の王家の守護神だったと思う。呼び出せるのは王家の中でも特別な人間だけだって…」
魔法陣の中に銀色の毛並みが美しい狼のような獣が現れる。
その獣には純白の翼が生えていて、全長約10mもあった。
「シルヴァールーン」
『何でしょうか、我が愛しの君』
シルヴァールーンは地面に降り立つと人型に変化した。髪は銀色に輝き、落ち着いた光を放つ碧い瞳。
つまり…フィリアにそっくりだった。
微笑を浮かべているシルヴァールーンにライラは感激する。
「凄い!!フィリアだ~!!」
「何だろう…なんていうかこう…」
『今回はどのような用でのお呼びですか?敵の殲滅…とかが良いですね』
「自分の顔でそういうこと言われると怖いわね…」
フィリアは額に手を当てて呻いた。
『では、このような姿はどうでしょう?』
シルヴァールーンは太陽にきらめく金髪に優しさと鋭さを兼ね備えた緑眼のフィリアと同い年くらいの少年に変化した。
「もっと止めて欲しいです…はい。というかあなたいつ会ったのよ」
『彼の方から会いに来てくれたんです。良いじゃないですか。思われていて』
「いい…のかな?いや、そうじゃなくて!!これでどうよ。私が王女だって信じる気になったかな?」
腰に手を当てて誰にともなく聞いてみるフィリア。
「ああ。もちろんだとも。皆の衆、こいつを殺れ」
いつの間にか意識を取り戻していた大臣が妙に落ち着いた声で男たちに告げる。
「あらら…じゃ、シルヴァールーンそういうことなんでさようなら」
あっさりとシルヴァールーンを還すフィリアへライラが抱きつく。
「!?な、ななに?」
動揺して剣を落としかけるフィリアにライラは告げる。
「私も、戦うよ!!フィリアと一緒に何処までも行くから!」
「は?…ああ。これ…儀式だから。気にしないで。…でも…はしないとね」
フィリアは少し悲しそうな顔でライラの額に手を当てようとした。
「え?儀式って?何をするの?」
「さよなら、ライラ」
とっさに避けたライラの首筋に手刀を落とし気絶させるとフィリアは独りで襲って来る男たちの中へ飛び込んだ。




