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告白少女   作者: 蒼衣
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その1

これは切なめの恋愛ストーリーです。読んでいただけたら嬉しいです。


 中学三年の夏。

 俺は忘れようとしても忘れることなどできないくらいの、ある出会いをした。

 それほど衝撃的で、思い出深い。

 今でも何の気なしにふと顔を思い出すことがある。

 きまって思い出す顔は、そいつの笑顔だった。

 今でも考えることがある。

 俺にとってあいつはどんな存在だったのか、と。

















 夏。

 暑くてむさ苦しい、俺の好きではない季節の夏がやってきた。

 太陽は皮膚をじりじりと焼き、それでも物足りないのかじっとりとしつこく熱を放出している。それに対し木々達はというと新緑色の葉を生い茂らせ、太陽に負けない存在意欲をみせている。風に揺られると同時に葉もなびく。太陽の光をうまく反射させ、きれいな真っ白な光を身につけ体を動かしている。ここで動物たちはというと、三十度を軽く超える温度にへばっていた。小動物達は木が作り出した木陰に身を置き、安らいでいる光景がみえる。二匹のリスがまさに仲むつまじく寄り添っているのが、目で確認できる。時たまお互い毛繕いをしたりと、愛らしい姿であった。

 俺も外の木陰で寝転がりてーなー。

 先程までの光景は、俺が教室の窓から見ていたものである。俺は窓際の後ろの方の席で、ぼんやり外を眺めるにはベストポジションといえるんじゃないだろうか。ちなみに今は授業中。夏なのにも関わらずカッターシャツを第一ボタンまできっちり閉め、ネクタイまでつけている先生はもはや尊敬する。先生は古典の教科書を教卓のところで広げ、まさに今教科書のどこかにある文章を音読していた。しかし俺は授業に興味がわかなかった。もはや先生の言葉が何かの呪文の羅列のように聞こえる。俺はめんどくさくなり、頬ずりして自分の席からただただ窓から見える外をぼんやりと眺めていた。

「………」

 空を眺めると薄い青色が広がり、その上にまるでキャンパスにでも描いたかのようなスーっとした白い雲が浮かんでいた。少しずつ形を変形させながら、これまた少しずつ立ち位置を変え、動いていく。その雲と空の織りなす不思議だが心落ち着く模様を眺めているのも、悪くはなかった。

 ひぐらしが鳴く。かなかなかなと澄んだ声で鳴く。耳に届き、それは俺の心地よいBGMとなり吸い込まれる。

「……………」

 なんだか気持ちが良い。俺は自分の意志のまま、心地に任せるようにして瞼を閉じた。




「おーい、佐々木ー」

 肩をぽんぽんと叩かれる。

「ん……?」

 俺は顔を上げ、まだ眠気の残る瞼を無理に開いた。

「よお、お前授業中によく眠れるなぁ」

「佐々木くんは凄いよ」

 すると、男が二人自分の机の目の前に立っていた。

 男―――というか二人とも見知った顔である。どちらも俺の友だちだ。俺の肩を叩き、起こしたのはスポーツマンっぽい、爽やかに野球とかをしてそうな奴。もうひとりは俺に尊敬、というか半ば呆れた表情を浮かべた気弱そうないかにも文化系タイプの奴の二人だった。

 俺は半目のまま、「まぁな」と返す。二人はそれに苦笑したが、しかしいつものことだろう、と軽く流した。

 辺りをよく見てみる。

 既に教室はワイワイと騒いでいて、何人かの生徒達は鞄を持ち、教室から出て行っていた。俺は理解する。そうか、放課後が始まったのか。それと同時に自分自身に呆れる。俺ってどんだけ寝てんだよ……。そりゃ目の前の二人が呆れるのも分かる。俺は昼一番の授業である五時間目から放課後まで眠りこけていたのだから。

 俺は机に俯せになっていた姿勢からむっくりと起き上がる。そろそろ帰る準備をしないとな。机に掛けてあったたいして使うことのない鞄を手に持つ。そこで俺の頭の復活を感じたのだろうか、普段からうるさい方のスポーツ男、梶原かじわらが俺に話しかけた。

「あのよ、佐々木。なんと出たんだってよ」

 わざと溜を作りながら言う。

「はぁ? 何が」

 梶原に俺は怪訝になるほかなかった。いきなりの前振りである。何の内容かも言わずの話である。当然何の話かなんて分かるはずもない。

「梶原くん、それじゃ分かりずらいよ。もっと内容を話さなきゃ」

 困った、というかただ意味が分からなかった俺を見て文化系男、山下やましたが口を挟む。こいつはいつも助け船を出してくれるいい男だ。

「ちぇー、ったくしょうがねーなー」

 という梶原はいい男ではないだろう。

 梶原は次に嬉々とした様子で話し出す。

 …ふん、ここは普通に相づちを打つのはなんか癪だな。遊んでやろう。そんな俺の考えを余所に梶原は大声で言う。

「だからな、俺聞いたんだよ! びっくりする驚きのニュースを!」

「お前が裸で学校に登校したことか?」

「違ぇよ!? 何当たり前に知ってるよ、そんなこと口調で話してんだよ! つかそんなことしたら警察に一発で捕まるよ!」

「…………」

「何で絶句してんの!? 何で驚いてんの!? そんなお前にこっちが驚きだわぁぁあ!」

「ま、まぁまぁ梶原くん落ち着いて」

「山下、これが落ち着いていられるかよ! なんか凄ぇ嫌な誤解されてるんですけど!」

「まぁまぁ梶原、とりあえず落ち着けよ。ほら深呼吸」

「主犯のお前が言うなああああ!!」

 ふーふー、と梶原は荒く息をする。おろおろとしながらも山下は梶原をなだめる。

 うん、まぁコミュニケーションはこんなもんかな。いつもの会話だ。

 俺は一人満足した。

「で、お前一体何が言いたかったんだよ?」

 改めて梶原を向いて尋ねる。

「……佐々木が話を逸らさなかったらよかったんだけどな」

 ジト目で見られた。が、俺は気にしない。

 それを見て梶原はふぅ、とため息を一つついてから、話し始めた。

「だからな、出たんだよ」

「何が?」

 俺が問うと梶原は急に声のトーンを下げる。

「………幽霊が出たんだってよ」

「……は?」

 呆気にとられて思わず聞き直してしまう。

 梶原の顔を窺った。だがしかし、梶原はいたって真面目な顔をしていた。

「だからよ、幽霊が出たんだって」

 もう一度同じ言葉を繰り返す。口調と表情を確認するが、しかし梶原はマジらしい。冗談を言っている風ではない。隣の山下の顔も窺う。こちらも真剣な顔をして頷いていた。

「え、ちょっと待てよ。幽霊だぁ? そんなものいるわけないじゃねぇかよ」

 そう言ってみせるが、二人は応じなかった。「ほんとなんだって」と梶原が繰り返す。俺は無言になる。……これを一体どう理解しろと? 俺は基本的に幽霊なんてものは信じちゃいない。そんなのは非現実的だと思っている。そんなのを真面目に言われても、言葉を失うばかりだ。確認をするために俺はもう一度訊く。

「幽霊? あの幽霊か?」

 それに二人は大まじめに頷いた。

「………」

 返答に困る俺。そこに助け船を出すように山下が言った。

「なんか都市伝説みたいなものだと思っても良いよ。例えばほら……、口裂け女とかオオカミ男とかそんな類だよ」

「都市伝説ねぇ……」

 言われてもしっくりこない。現実からかけ離れすぎて、あまり考えられない。しかし俺だって口裂け女とかオオカミ男とかそういった話は一応は知っている。テレビで放映していたのを見ていたこともある。でもそれがこの現実にあるのかと言われれば微妙だ。想像もできないし、したいとも思わない。だから幽霊なんて言われても寝耳に水である。

 梶原が声を低くして、あえてぼそりと呟くようにして言った。


「それが何でも今回は……『告白少女』なんだってさ」


「………」

「……………」

「………………じゃあな。梶原、短い付き合いだった」

 俺は鞄を持ち、立ち上がって颯爽とその場を去ろうとする。そこを、

「待て待て待て――! ちょっと待てって! 逃げようとするなって!」

 梶原が俺の服を引っ掴む。顔が必死だった。

「……しょうがねーな」

 ストンと俺は自分の席に再び腰を下ろす。憮然とした態度でそうしてやった。梶原が俺を見て、また必死に『告白少女』について語り出す。

「これが凄いんだぜ! 俺たちと同い年くらいの女の子がな、子どもなら誰かれ構わずに告白をしまくってるって話だ」

 それただの告白女じゃねぇか。

 幽霊でもなんでもないだろう。

「………バカバカしい」

 嘆息し、また俺は立ち上がろうとする。それを、まぁ待てって! と梶原が押し止めた。

「それがな、普通の女じゃないんだって。なんでも話す言葉が訳分からんらしい。所々変な節を感じさせるんだって」

「…それ単に話が通じないだけなんじゃないのか?」

「違うって! なんかこう、ほんとうに人間っぽくないんだって。話すこともそうなんだが、確かに姿形もそれらしいんだってな。見た人は口々にこれは幽霊なんじゃないか? というらしいぞ」

「…………」

 こいつはもう……。 

「なぁまず聞けよ梶原」

「何だよ?」

 諭すような口調で話を遮る俺にむっとした顔で梶原が応じる。

「それって見間違いかまたは勘違いなんじゃないか? だって幽霊とか言いながらそれでもそいつらには実体が見えてるんだろ? 声も聞いてるんだろ? いくらこの世には霊感が強い人がいたって、その人たちが連続であたるわけないじゃないか。たまたま、なんて言うなよ? こんなに続くたまたまなんてものはないんだろうからな」

「……まぁ確かにそうだけどよ…」

 渋々といった感じに梶原が頷く。

「しかも告白してくるなんて嘘くさいだろ? どこかの奴らがでっちあげたんだよ、きっと。幽霊をネタにするなんてそんなもんだからな」

「……そうかなぁ」

「そうなんだよ」

 俺が言うと、なんだか釈然とせずに梶原は頭をガシガシと掻いた。次に思案顔になって、「ま、そうなんだろうなぁ」と納得の言葉を吐いた。隣の山下も、若干理解したような顔をしている。ってなんか俺、無意味に偉そうに語ってしまったな…。ま、終わったことは後の祭りだ。気にするのはやめようじゃないか。

 幽霊討論の後に梶原がチラっと教室の壁に掛かっている時計を見た。

「やっべ、もう部活の時間だ!」

 焦ったように声を上げる。梶原は自分の体格とキャラを理解しているのか、こいつは想像通りの野球部に所属していた。対する山下もパソコン部に入っている。

「じゃあ俺そろそろ行くな!」

「僕も行くことにするよ」

 二人が鞄を持って、それぞれ別れの言葉を口にして、教室から早々と去っていった。教室は俺一人だけとなり、静けさを取り戻す。沈黙の教室にいると、なんだ、こんなにも教室って広かったのかと気づかされた。

「…俺も行くかな」

 重い腰を上げ、立ち上がる。

 俺は二人とは違い、帰宅部だった。特に理由はない。強いて言うなら入りたい部活がなかった、それだけだ。それに家では一人暮らしということもあり、いろいろしなければならないことがある。部活は入らなくても良いだろう、とこれも踏まえて結論を出した。

 そろそろ帰ろう。

 俺は教室から出て、教室に背を向け歩き出した。





 空は淡いオレンジ色。

 水彩で色を塗られたかのような透き通った色をしている。

 夕方になりつつあった。

 遠くの空の上ではカラスがカァーカァーと鳴き、隣では電車が通過する音を響かせている。ここら一帯は田んぼや畑で見晴らしも良い。人通りは特になく、寂しそうに佇む電柱たちの横を俺は歩いていた。鞄を持った腕ごと後ろに回し、後ろで腕を組む。顔を上に上げて空を仰ぎながら俺はさっきの会話について思い出していた。

『それが何でも今回は……告白少女なんだってさ』

 告白少女、ねぇ。

 この言葉だけ聞くに、なんだか可愛らしい感じがする。

 しかし口裂け女やオオカミ男という話をしたものだから、なんだかゴツい感じでそれでいてホラーめいた女の子が告白をしてくるのかもしれない。想像するだけでシュールで、鳥肌が立った。確かにそんな奴がいるんだったら恐ろしいな…。顔全体を真っ白にして同じく真っ白のワンピースを着て、目が見開かれていて、口が大きく開かれていて……、恐っ。告白少女、恐るべし。できれば会いたくない。できなくても会いたくないぞ。だが幽霊なんている訳ないか。

 そんな考えをしていた時だった。


 ある電柱の前にどこの学校か分からないがセーラー服を着た少女がぼんやりと立っていた。少し紫かかった黒髪を肩くらいのショートにしていて、それがふわりと風に小さくなびいている。幼い顔をしていた。子どもっぽいと言ったらいいのか。しかし電柱を背にして立って憂いでいる少女は絵になっていた。美しいのか、綺麗なのか、見ている俺には判断することはできなかった。しばらく俺は立ち止まる。

「!」

 そんな俺のことを、こちらを見て少女は気がついた。そしてパタパタパタと小さく足を動かし近づいてくる。その様は犬かなんというか、小動物を思わせた。…いや、可愛いという意味で。

 はぁ…はぁ…と俺の前まで来た少女は息を整える。どんだけ走ってきたんだ。少しの間俺は待っておいてやる。息の調子を戻した少女は顔をぱっと上げた。なにやら決意したような顔をしている。俺と真正面から目を合わせた。心なしかその頬は少し赤い。

「あのっ……!」

 少女は思い切ったように口を開いた。



「わ、私とつきあってくれませんかっ!?」



「…………」

 いた。

 告白少女は確かに、いた。

 それも俺の目の前で、しかも告白をして。

 二人の顔はオレンジ色に照らされている。鳥は空を飛んでいない。道にも俺たち以外人通りもなく、誰もいない。時間が止まっているようだった。この場所の存在だけが、世界から切り取られているようだった。異別で特別な、異様な光景。目の前で少女が恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら目を閉じている。胸の前で手が小さく握られている。その前に、俺は茫然と立っていた。これから始まることなど、思いもよらずに。







 これがあいつとの初めての出会いだった。

 夏の、ほんの少しの小さな物語の始まりだった。




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