いつまでも
春の陽気が眠気を誘う。ああ、ずっとこのまま眠っていたい。まだ少し冷たさの残る風が熱った頬をなでるのも気持ち良い。ぬるま湯につかっているような心地よい浮遊感。ふわふわ、ふわふわ…
「起きろ、さわこ」
なによ。私の至福の一時を邪魔しないでよ。
わざとらしく顔をしかめて片目だけ開けてやると、見覚えのある少し垂れ目がちな黒い瞳が飛び込んできたできた。
「いい加減俺の部屋で昼寝するの止めろよ。」
声の主は考えるまでもなく幼馴染のものとわかる。
だってここは彼の部屋。私がいるベッドももちろん彼のもの。
「仕方ないじゃない。この部屋の方が日当たり良いのよ。」
「だからって…」
えいっ。
私は彼が言い終えない内に彼の腕を自分の方へとひっぱってやった。
不意打ちにあった彼の体はそのまま勢いをつけて私の隣へと倒れこむ。
「ほら、ふわふわのぽかぽか。」
「…さわ…」
言ったとおりでしょ、と満面の笑みで迎えたけれど、肝心の彼は呆れ顔。
どうして伝わらないかなぁ。
暖かい日差しに少しの冷えた風、ふかふかのお布団、馴染みのある見知った香り。
そのどれもが安心感を与えてくれて、幸せな気持ちにしてくれるのに。
「一緒にお昼寝するなら、いいでしょ。」
ね?と、ねだるように彼の顔を覗き込むと、彼は困ったように眉を下げて溜息をひとつ。その後に小さな声で、好きにしろよ、と聞こえた。
その呟きにも似た返事に気を良くした私は、にっこり笑ってまた瞼を閉じた。
私は目の前の年上の幼馴染が年下の幼馴染のお願い事に心底弱いということを知っている。
知っていてなおお願いするのは卑怯だなと思いながらも、しぶしぶお願いを聞いてくれる幼馴染を見て、特別扱いされているようで嬉しくなってしまう。
だからついくだらないお願いや、甘ったれた我がままを言ってしまうのだ。
子供っぽいな、と自分でも思う。けれどもまだ甘えてていいんだ、という証がほしい。
目を閉じて、先ほどのようなふわふわとし気持ちに身をゆだねていると、ふいに暖かな手が私の髪を梳くようになでた。
「さわ」
優しい声と暖かいその手は、どんなものよりも安心させてくれる。
夢と現実の境目のような曖昧さに、私は返事をするよりもその心地良い感触に意識を落としてゆく。
「もう寝たのか?」
返事の無い私を完全に眠ってしまったと判断した彼が、ふっと笑ったのが伝わる。
「昔から寝付きだけは良いよな」
いつまでこの声を間近で聞けるのかな。
いつまでこの手を離さないでいてくれるのかな。
「さわこ」
落ちてゆく意識の中で、暖かい何かが、触れた気がした。