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テンジンは参礼者にまじって五体投地をくりかえしている。両腕を頭上に掲げ、身を投げだし、立ち上がり、祈り、そしてまた身を投げ出す。進むのは、投げ出した身体の分だけである。
巡礼の徒は衣服をぼろぼろにし、その膝と肘を擦り傷でいっぱいにしてこの神の地、ラサへとやってくるのだ。そうしてここに着いても、五体投地をくりかえす。
敬虔な彼らは何千里もの道をそうして進んできたのだ。大地にぬかずき、額に堅い土を感じながら、ひたすらに菩薩へと祈りを捧げながら、立ち上がる一瞬に銀の山を頂いた蒼弓を仰ぎ、神の地を目指して……
荒涼たる野を越えてきたものにとっては、ここ、きらびやかで美しいポタラ宮はまさしく菩薩の住まう浄土としてうつったであろう。年齢や性別に変わりなく彼らは緊張した面持ちのまま、ここで熱狂的な歓喜とともに祈りを捧げていた。
テンジンはその姿を横に見てつと立ち上がり、そこを離れた。
(ここはどれほどに美しかろうと、それでもほんとうの補陀楽浄土ではないのだ)
唐突に、かつて六世の語った言葉を思い出す。
夢の跡。
偉大な五世の残したすべてが潰える、と。
その夢の跡だけが残るのだと。
顔をあげると、同じ学舎の僧がバター茶を運ぶのを見かけた。ごく上等な器が二つ。明らかに巡礼者に配られるものとは違う。
テンジンは、呼吸をととのえて声をかける。
「それはわたしが運びます。いつまでも来ないものだから、サンギィエー殿下が迎えにやらせたのです」
その僧は大摂政の勘気をこうむるかと、内心おそれていたらしい。テンジンの申し出に快くその役を譲った。盆を受けとり少年は白宮へとむかうことにした。
そうしてふと見上げた空は雲一つなく、彼の意識さえ奪うかのように青かった。