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 十七世紀において、ポタラ宮は東洋一の美を結集した場所だった。壁面は色鮮やかな絵巻物として歴史を物語り、床には天上の花を散らしたかのような絨緞がひかれていた。

 モンゴルの財政的寄与を受け、五十年もの月日をかけて天空の地に巨大な宮殿をつくりあげた。チベットだけでなく、ネパール、カシミールなどからも職人が訪れて法王の住処を豪華絢爛に彩ったのだ。室内の調度のすべてが並のものではない。玉でできた器や杯。黄金の眩しい仏像の数々。瑠璃や珊瑚、トルコ石、瑪瑙、金剛石、紅珠……ありとあらゆる貴石をふんだんに用いた祭器。チベット王国とダライ・ラマ法王の偉大さを讃えるがごとく、すみずみまで凝らされた細工の美しさは見る者の心を奪う。絢爛たる装飾のすべては、この宮殿をその名に違わぬ壮麗なものとしていた。

 その紅宮が歴代のダライ・ラマの霊廟であるとすれば、白宮は現ダライ・ラマが政治を執り行うところだ。

 そして、白宮の一室で先に口をひらいたのは、六世のほうだ。壁にかかるタンカ 仏画に目をうつしながら、彼は白い手に静謐な光をはなつ玉の杯をもてあそびながら告げた。

「大摂政殿、貴方の夢にすべてを犠牲にするのはもう、やめていただけませんか」

 大摂政によって秘密裏に育てられたこの若いラマは破戒僧そのもののように振舞っていた。その立場もかえりみず女と戯れ、恋愛詩を口ずさみ、ついには自らダライ・ラマとしての戒めを返し還俗してしまったのだ。

ところがこの今も、民衆は彼を法王として慕い、崇めていた。女色を「無上瑜伽(ゆが)タントラ」の実践としてとらえたのだ。男女交合像に顕される瑜伽行者を体現する法だと人々は信じたのだ。

 大摂政は、六世の見つめる絹本に視線を向けた。そこにはこの宮殿の本尊である観世音菩薩の艶麗な姿がうつしだされていた。このチベットの空のごとく青い画布に、純白の清らかな肢体が光るようだ。虹色の光輪につつまれ、紅、碧、翠の羅をまとい、いくつもの宝玉を身につけている。心なしか、その面差しは六世に似ているように感じられた。

「私の夢に貴方様を縛っているつもりはございません。すべては先代の御遺志にて」

「私が真実、先代の生まれ変わりなら貴方は私をこのように諌めたりはしまい。あの偉大なひとはいくつかの誤りを犯しながらも、いつも正しい道を選ぶ方だった」

「と、私は思っておりますが」

 大摂政はそうこたえ、その誤りを正すためにもと続けようとした。が、六世はそれを許さなかった。

「第二のブッダと謳われたアティーシャにも劣らぬ才知ある貴方だ。ここ、チベットの統一政権を築くなどいかにたやすかったことだろう。五世の、あの幾多の謬りさえなければ」

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