唯一の灯火
うつら、うつら、おぼつかない意識が、現実とどこかしらを行ったり来たりする。
たぶん誰かが何かを言っていて、聞こえてはいるのだけど、ただ音として認識していた。
────ああ。トワに会いたいな。
ひょろりと長くて細い手足。ぱさぱさの前髪がいつもまっすぐなのは、手先が不器用な遥のせい。
ぱっつんとした彼の前髪が好きで、ちょっと垂れ気味の目は優しくて、いつも大切そうに『姫様』と呼ぶ。
ひと匙の粥すら分け合う生活で、一度も諍いにならなかったのは、本物の奇跡だと思う。
人間は誰しも、極限状態では通常の理性は働かない。
だけど、乳母は遥とトワに、トワは遥と乳母に、遥も二人に、当たり前に分け合って生きていた。
あの頃が、世界を呪いながらそれでも、遥の中に存在する唯一のぬくもりだった。
幸福だったとは、決して言えない。幸福なんかじゃない。
でも、侘しくは、なかったと思うのだ。たぶん心が。
心が生きているというのは、身体を生かすことと同義だ。
心を殺せば、人間は息をしながら死ぬこともあるし、物理的に死ぬこともある。
遥は、トワと別れたあの時に心が死んで、二度と会えないと知ったから呼吸をやめたかった。
特に苦しいわけでも、悲しいわけでも、悔しいわけでもない。
ただひたすら、虚しいのだ。呪わしいのだ。
自分を取り巻くすべてが、憎くて憎くて仕方ない。
ふつ、と一瞬、糸が切れたような感覚があって、またわずかに浮上する。
しばらく揺蕩って、また糸が途切れて、戻って。
何度めかの糸が、切れた。時。
「姫様! 姫様!」
トワの声だ。やっと死ねたのかな。長かったな。よかった。
「姫様、トワです! トワがまいりました!」
違うよ。だって、トワはそんなに大きくて強い声は、出せなかったもの。
「姫様! 頬に触れますよ! トワの手です! わかるでしょう!?」
だけど、なんでだろう。トワのこえもても、ほんものみたいにかんじる。
「姫様、お戻りください! トワが共におります! もうどこへも行きません! トワは姫様の傍にいます!」
そうなの? でも、また盗られるかもしれない。
「陛下にも許可をいただきました! トワは、生涯、姫様付です!」
ぷはっ。溺れていた意識が、完全に浮上する。
同時に、唇を何か冷たいものが触れた。
「水です、姫様。少しずつ、少しずつ、舐めてください」
みず? そうか。冷たいこれは、水か。命をつなぐものだ。
なんとか湿った唇を開き、ほんの一滴ずつ与えられる命の灯火を受け取る。
たぶんかなりの時間をかけて水を含んだ遥は、じわっと内側が湿るような感覚に、ふるりと身体を震わせた。
すぐさま抱きとめる腕が、身体をさする。
トワ。呼びたかったけれど、声は出なかった。
それでも、すぐに気づいたトワが頬を撫でてくれる。
ゆっくりと意識を失う間際、聞こえたのは確かに、希望の声だった。




