異文化コミュニケーション
右手首の骨折は、本来三ヶ月程度でよくなるが、栄養状態の悪さもあり、もう少しかかると診断された。
皇女をキズモノにしたという名目で、異母姉は嬉々として二人の婚姻の手続きを進めているらしい。
褐色イケメンはあの日以来、きらめきイケメンと『死なせない協定』でも結んだのかと思うほど、いつどこでも共に来る。
特にどこへ行くわけでもないが、寝室だろうと厠だろうと、だ。
遥はとうに諦めており、用を足したり身を清めたりする以外は、ひたすらに窓の外を眺めて過ごした。
不思議なほど、手首の痛みを感じない。怪我をした自覚もない。
うっかり普通に動かして、イケメンどもに止められるか、妙な角度を見て気づいたりする。
何を見ても何を言われても、すべてが目の前を滑り、鼓膜を通り抜ける。
鮮やかだったことはないが、少なくとも色で溢れていた景色も、全体的にくすんで見えた。
あの日から、遥は口を開くことをやめた。
しゃべることも、食べることも、飲むことも。
あまりに億劫で、あまりに興味を持てず、あまりにも疲れていた。
「皇女殿下……いえ、ハルカ。このままでは死んでしまいます」
幾日か経って、ハンモックのような大きな椅子にぐたりと身を預ける遥に、泣きそうな声で褐色イケメンが訴えた。
凛々しい眉がぎゅっと皺を作り、金色の瞳がゆらゆら揺れている。
何を言っているのか。遥は、ぱちりと目を瞬いた。
だって、遥はずっと、最初から同じことしか言っていないはずだ。
もしかして、ずっと言葉を話していたつもりが、異世界は言語が違ったのか。
「いいえ。いいえ、ハルカ。わかっています。あなたが、死を望んでいることは。やっとわかりました」
ああ、なるほど。
ボロ布を着た幼子の、負けん気と勢いの言葉だと思っていたのか。
訴えを本気にしないのと無視するのとは、どう違うのだろう。
「ですが、ハルカ。身勝手ながら、私はあなたに生きてほしい。どうか私と共に生きていただけませんか」
ねえ。おかしいと思わない? トワ。
心の中の嘲笑は、自分に向けたものだったのか、褐色イケメンに対してだったのか。
遥たちが這いつくばって生きていた時、誰一人気づきもせず助けもなかった。
出て行くことは許されず、抜け出したら乳母やトワを殺すと脅された。
せめて乳母とトワだけは自由にと訴えたら、二人を殺せば解決だと剣を抜かれた。
ならば環境の改善をと言えば、住む場所があって何が不満だと嗤う。
皇女の手当をと乞えば、父皇帝に直接頼めなどと無茶を言う。
飼い殺すためだけに、ほんの時々食料やわずかな資金が与えられて、それ以外は何もなかった。
知ってほしいわけじゃない。理解なんてしなくていい。
でも、なんにも知らない奴が生を求めるのは、あんまりにも傲慢だ。
革命? 反乱? 好きにしたらいい。皇帝と連座で殺せばよかった。
妙な同情をして、唯一の生きがいを奪った上で、生かしてやるとのたまう。
生きたくなどない遥に、伴侶をやろうと言う。
ぽろっと金色から雫が落ちて、遥はそれが涙と呼ぶものだと知る。
前世の知識では知っていた。でも、今世の遥は一度も見たことがない。
泣く時間も、気力もなかった。遥も、乳母も、トワも。
ただ、ぽろぽろと溢れる雫と、慌てて隠そうとする褐色イケメンの仕草を、遥は眺めていた。




