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山姥とお呼びよ


────あ。死ねばいいんじゃない?


天啓のように浮かんだアイデアに、遥の気分が浮上した。

殺されることばかり待っていたけれど、別に人の手がなくとも死ねるじゃないか。


ずっと地面を這いのたうち回って生きるのは、自尊心やら気力やらを根こそぎ奪うのに充分すぎた。

自発的に動くほどの気力も体力も、今の遥にはない。


甘えていると思うだろうか。

飢えながら生き永らえるのは、息をしているだけの地獄だ。

指一本、足元一歩、何気ない力で動かせていたことが、もう遠い昔のよう。


だから、自力でやるとしたら、たぶん一回が限界。

何かしらの刃物を握り、持ち上げ、振りかぶり、刺して、押し込む。

思いつくだけでも、これだけの力が必要だ。


ということは、失敗しない方法を考えなければ。怪我で終わっては意味がない。


手首の失血では、なかなか死ねないと聞いた。助かる確率が高くなる。

首? 頸動脈? 使う物によっては、たぶんいける。うまくやれば死ねそうだ。

足の付け根は、おそらく刺せない。それだけの腕力はない。


うんうんと三日ほど考え、食事の際に出されたフォークを隠して、石を拾ってきて寝室で研いだ。

真夜中に暗い部屋で、女が一人夜な夜な刃を研ぐ。

控えめに言ってホラーだ。ちょっと笑えてしまう。


そこからひと月。

体力をできるだけ使わず、右手の動きだけは鈍らないように、ひっそりと備える。


きらめきイケメンの食え食え攻撃を無視しつつ、褐色イケメンの伺うような視線は気づかないふりをする。

口を効かず、水と最低限の食事だけを摂り、体操をして休む。

何度か外の空気をと促されたが、応じなかった。


遥には、もう、見たいものはない。聞きたい声もない。

トワが帰って来ないと知ってから、遥は静謐な絶望の底へと深く沈み、もう目を閉じてしまった。

昏い闇に慰められ、無音のそこがもう、遥の墓場だった。


決行は、月のない夜。

久しぶりに髪の毛を縛り、持っているボロ布の中でも、一番マシなものを選んだ。


何度も頭でイメージした通り、フォークを短く握り込み、鏡を見ながら刺す場所を入念に確かめる。

よし、いける。自然と笑みがこぼれた。安堵の息も。


最後まで、刺し場所を確認しなければ安心できない。

目を開けたまま、右手を大きく振りかぶり、渾身の力で────


「……何を、なさって、いるのですか」


刺せなかった。

フォークの先が首に触れる寸前、右の手首を強く掴まえる大きな手がある。

ちらりと見やると、ひどく怒った顔をした褐色イケメンが、遥の動きを容易く封じてしまっていた。


落胆しすぎて、全身から力が抜ける。ベッドに座り込む。

と。


ぱきっ


「えっ」


軽い、ちょっとしっかりした枝を折るくらいの音を立てて、掴まれた手首が折れた。

焦ったのは、褐色イケメンの方。遥は、それだけ強く掴めば折れるだろうな、と思っただけ。


「まっ、待っていてください、今医者を……ああいえ、」


医者は呼びたいが、遥を一人にするのはまずい。

遥は嗤い、ひらりと左手を振った。


「医者はいらないって言っても、どうせ聞いてなんかくんないんでしょ。わたしはこれ以上力なんか残ってないから、もう何もできないよ。好きにしなよ」


「……使いを出してまいりますので、すぐ戻ります。すぐですからね」


やたら念を押す褐色イケメンを無視して、ベッドの上に寝転がる。


失敗してしまった。

今後は、きっと今以上に監視を強めるんだろう。刃物も、きっともう手に入らない。


うんざりとため息をついて、遥は憂鬱に瞼を下ろした。




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