妄想じゃなかった
漆黒の髪にキラキラと星のように混じる銀、意志の強そうな切れ長の瞳は宝石みたいな黄金色。
まあ、宝石なんか遥は見たことないのだが。
褐色の肌は鍛え抜かれて厚みがあり、見上げるほどに高い身長。
パッと見て〝いかつめのイケメン〟な風貌には、ひどく見覚えがあった。
前世の遥が読んだ『革命姫の運命の薔薇』という恋愛小説で、市井生まれの皇女が圧政に苦しむ民のために、数々のイケメンたちと反乱軍を率いる物語。
まあ、反乱はあっさりと終結するのだが。
国を再建しながら幾人ものイケメンからアプローチを受けて、どうしよっかな〜なんてしながら一人を選び、伴侶に据えて女帝として立つ。めでたしめでたし。
反乱軍を率いる姫、という部分に惹かれて手に取った小説だったから、正直後半はあまり覚えていない。
たぶん流し読みをしたか、一番最後だけ読んだのだろう。
昔の遥はそういう奴だった。
そして、主人公の皇女と共に立ち上がる反乱軍の一人に、南方の血を引く傭兵がいた。
挿絵の中でもひと際大きな身体で、後方に静かに控えているようなキャラクターだったと記憶している。
たぶん、そいつだ。
遥はそこでようやく、ここが『革命姫の〜』の世界線であり、自分が転生したことを明確に自覚した。
いや、日々食べることに必死だったせいで、前世の記憶とやらも妄想だと思い始めていたもので。
名前を思い出せないいかつめのイケメンを冷めた目で眺め、遥は両手を差し出した。
正直、遥や乳兄弟は反乱があったことすら知らない。
ただでさえ外界から隔離された後宮の、そのまた離れで生きていた身だ。
情報なんか入ってくるわけがない。
「どうぞ?」
差し出した両手を見て、今一度全身をじっくり眺めて、イケメンが眉間の皺を深くする。
それはそう。
皇女とは名ばかりの、ガリガリに痩せ細った小枝みたいな身体だ。
成長が遅いから、たぶん年端もいかない幼子のように見えるだろう。
前に出ようとした乳兄弟を留め、首を傾げる。
「全員惨殺せよって?」
「まさか! 陛下は、そんな残酷な方ではない!」
「なら、たかが使用人の彼には、通常の対応をして。普通の民と同じように」
「……しかし、皇女……の……」
「わたしは確かに皇女みたいね。でも、見ての通りよ」
手で指し示す先は、ボロい物置小屋。すり鉢が置かれていたり洗濯物があったり、どう見ても生活の場。
でも、これが皇女の住む環境とは、誰も思わないだろう。
「わたしの身を担保に、彼の安全を約束して」
「……わかった」
皇帝と瓜二つという熟れた果実のような深紅の瞳は、隠しようがない。
今は薄汚れているが、ピンクブロンドの髪も皇帝と同じだという。ちっとも嬉しくないけれど。
渋りながらも頷いたイケメンにぺこりと頭を下げ、生まれた時から一緒だった乳兄弟を振り返った。
遥と同じ、ガリガリの手足。優しくて穏やかな、兄のような人。
「生きてね。トワ」
できれば、お腹いっぱいのご飯が出たらいい。せっかく反乱したのだから、きっとこれからは国も富むだろう。
少しずつかもしれないけど、今日よりは明日、いいものを食べれたらいい。
「……姫様も」
「バイバイ。お兄ちゃん」
あなたと乳母がいたから、遥はつらくても生きていられたよ。
どうか元気で、できれば健やかに。
振り返らない遥の後ろ姿を、ずっと乳兄弟の視線が追い続けていた。




