転生したら地獄だった
よろしくお願いします!
ごきげんよう、憎らしき異世界。
その時には、愛を込めた呪いでもくれてやる。
アスラ帝国の皇帝には、正妃のほか二十八人の側妃と、十六人の子がいた。
大陸中から集めた見目麗しい側妃たちは、後宮と呼ばれる離宮に押し込められており、寵妃には贅が許される一方、閨の訪れが減るごとに隅へと追いやられるシビアな環境だった。
一夫一婦制だった帝国で、制度も整えず国庫も度外視した後宮の存在は、年を追うごとに経済に打撃を与え、次第に民は飢えることとなる。
税は年々上がり、物価が高騰し物流も滞りがちになり、国全体が弱体化した。
そんな中、市井で育った皇女が立ち上がった。
後に将軍と呼ばれる騎士と共に、父皇帝への反旗を掲げる。
賛同した貴族や民たちは、一丸となって城へと向かい、先頭には美しい皇女の姿があった。
────まあ、ね。ドラマチックではあるわ。
立ち塞がった男に冷めた目を向けつつ、遥はため息をつく。
後宮の隅の、そのまた離れ。
平民だった母から生まれたハリエットは、一応、皇帝の側妃の子である。たった一度きりの閨で身篭った皇女。
ハリエットには、おぎゃあと生まれた時から〝意識〟があった。
前世と思しき、『遥』という名の人間であった記憶が。
そうでなければ、ハリエットの身体はとうに死んでいただろう。
赤子の遥には、産後すぐに母が亡くなったこともあり、乳母と通いのメイド、護衛という名目の乳兄弟だけが付いていた。
後宮の一角とすら言い張れないほど離れた物置のような場所が、遥の家だった。
通いのメイドはすぐに職務を放棄したため、乳母は乳離れしてもメイド代わりに働き、そう歳の変わらない乳兄弟が子守りをしてくれた。
皇帝と会ったことは一度もない。どころか、後宮の他の側妃やその子たちとも、会うことなく育った。
自分が皇女であることは、乳母から聞いてはいたものの、まるで他人事。
そんなことより、お情け程度に支給される食料だけでは足りない食事をどうするか、の方がずっと大切だった。
水は、乳兄弟が後宮内の井戸まで汲みに行き、遥と乳母は土を耕してほんのわずかの野菜を育てた。
時折り、思い出したように与えられる予算を使い、王宮の厨房に出入りする商人から食料を買った。
乳兄弟は人の懐に入る話術があったため、定期的に厨房まで出向いては、端切れや残り物をもらってくることもあった。
そうして、皇女とは程遠い生活を送っていた遥だったが、十二を数える頃に乳母が亡くなった。
国は葬儀のための金はくれなかったが、わずかな見舞金は出たので共同墓地に入れることはできた。
乳母の死後も、乳兄弟と二人こつこつと、細々と生活した。
忘れられた皇女と、後宮制度すらないため宦官にもなれない乳兄弟。
ほぼ空気の存在とはいえ、ハリエットは一目で皇女とわかる見目だったため、後宮から抜け出すことは叶わなかった。
なんとか食いつなぐ日々だったので、遥は前世の記憶などというものがあることも忘れていたし、時々ふと思いつくのは食料の保存法などばかりで、ひたすらハリエットとして生き延びていた。
だから。
「前皇帝の十九人目の側妃リヤの娘、第二皇女ハリエット。新女帝となられたジュリアネット陛下のご命令により、身柄を拘束する」
なんて、いかめしい顔つきの人物を見るまで、ここが小説の中の世界だということなんて、ちっとも知らなかったのだ。




