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明治洛中で死神没落令嬢に捧ぐ1万本の桜 ~嘘つき婚約者は、地獄の果てでも君の手を離さない~  作者: 京太郎


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【4】「こいつは俺の婚約者だ」――閻魔を欺く、一蓮托生の大嘘

閻魔王庁の広間を支配していたのは、重力にも似た沈黙だった。  

朱塗りの柱が林立し、その間をぬって、うず高く積まれた巻物の山が壁のようにそびえている。  

そして一段高い玉座に座る、絶世の美青年。  

その青年――閻魔大王が放つ冷気は、物理的に六人の肌を刺していた。

彼岸花の甘い香りとは裏腹に、そこには死を司る者特有の、絶対零度の威圧感があった。


伊集院エリザが、扇子で口元を隠しながら漏らす。

「なんて……『お美しい』殿方……」  

恐怖よりも先に、美への感嘆が漏れるほど、その姿は浮世離れしていた。


閻魔は手元の筆を置き、ゆっくりと六人を見下ろした。

「貴様らを呼んだ理由は一つ。……私の仕事を減らすためだ」

「仕事を……減らす?」  

財前征一郎が、喉を詰まらせながら問い返す。  

閻魔は、まるで物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、不機嫌そうに語り始めた。


「人間どもが愚かなせいで、地獄は定員超過オーバーだ。特に明治になってからの死人の増え方は異常だ」

「そこで、貴様ら『冥府検分役めいふけんぶんやく』の出番だ」


聞き慣れない言葉に、白川紗代子が恐る恐る口を開く。

「ちょっと待ってください。そもそも……冥府検分役って何ですか?」

「そうです。前提条件が不明確です」  

烏丸玄五郎も同調する。  

閻魔は「やれやれ」と首を振り、あからさまに面倒そうな顔をした。


「歴史を知らぬというのは罪だな」  

閻魔の紅い瞳が、遠い過去を懐かしむように細められる。

「始まりは約一千年前――平安の世。初代冥府検分役・小野篁おののたかむらとの契約だ」


「一千年も前から……? あの迷信どおりね」  

白川が息を呑む。  閻魔はしゃくを持ち直し、語気を強めた。

「いいか? 私は長い時を見てきた。……時の権力者だけに任せていても、世の中は決して良くならん」


財前の眉がピクリと動く。

「奴らは己の欲や体面のために争い、民を飢えさせ、私の仕事を増やすばかりだ。……今の明治政府とやらも同じだろう?」

「……確かに、貧富の差は拡大する一方です」  

烏丸が苦渋の表情で認める。


閻魔は玉座から身を乗り出し、笏をビシッと生徒たちに向けた。

「だが、冥界の主である私が、ノコノコと現世そっちへ出向くわけにもいかん。そこで、小野篁が必要になったってわけだ」

「奴は、私の部下が現世で勝手に選んで、強引に連れてきた。……しかし、奴は承諾してくれた」

「奴は生きたままこの井戸を行き来し、私の『手足』となって現世の乱れを鎮めた。それが初代・冥府検分役だ」

「それ以来、私は有能な人間を選び、現世の掃除を『委託』してきた」


そこで、横に控えていた六角紫門が、一升瓶を傾けながら口を挟んだ。

「特に今の京都はひどえ。……死人が増えるのも無理はねえよ」


「うむ。……明治維新とやらでこの国の形は変わった。だがその代償として……京の都は『死に体』となった」

閻魔がパチンと指を弾くと、虚空に巨大な京都の地図が幻影となって浮かび上がった。  

美しい碁盤の目をした地図。  だが、それは所々がドス黒い瘴気しょうきに覆われ、腐り落ちていた。


みかどが東京へ移り、この地は首都としての機能を失った。それだけではない。帝を追って、公家や役人、御用商人までもがこぞって東京へ流出した」

「金持ちがいなくなれば、当然、そいつらを相手に商売してた連中も食いっぱぐれる。

職を求めて、多くの人間がこの街を捨てた。……武士たちもな。幕府がなくなって、故郷へ帰っちまったよ」


紫門の補足に続き、閻魔が冷徹な事実を突きつける。

「結果、どうなったか。わずか数年で、京の人口は約三分の一も減少した。三十四万いた人間が、今や二十三万だ」


「……!」  

烏丸が絶句する。  

「三分の一」

数字として突きつけられると、その減少幅は絶望的だ。

街の機能不全を意味する。


「人が減れば、街は荒れる。先の戦火や大火で焼けた野原も、そのまま放置されている。さらに『廃仏毀釈』などという愚行で、歴史ある寺院まで破壊された」


閻魔の視線が、冷ややかな光を帯びて六人を見下ろした。

「今の京都は、抜け殻だ。……誇りも、金も、人も失った廃墟だ。このままでは、遠からずこの街は消滅するだろう。……物理的にな」


重苦しい沈黙が広間を包む。京吾は拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込む。  

「廃墟」その言葉が、没落した自分の家と重なる。主を失い、雨漏りする屋根の下で震える自分たちの姿そのものだ。


「……だから、復興させろってことか」  

京吾が呻くように言った。閻魔が鷹揚に頷く。


「そうだ。私の代わりに現世を少しでも良くして、生きやすい世を作る。そうしてここへ来る『客(死者)』を減らす」

その時、隣にいた紗夜がおずおずと手を挙げた。

「あの……質問です」

「なんだ」

「小野篁様は、普通の人間ですよね。そんな大きな事ができたのですか?」


閻魔は、真っ直ぐな瞳の少女を見て、少しだけ表情を緩めた。

「冥界全土を挙げて、冥府検分役が活躍できるよう支えてきたからな。世の中を良くして、死者を減らす。……これが仕事だ」

「さあ、名誉に思え。貴様らは、その四十人目の代行者リストに載ったのだ」


エリザが扇子を閉じて尋ねる。

「その冥府検分役の仕事は、具体的に何をするのですか?」

「現世で人々の苦しみを取り除き、寿命を延ばし、正しい天寿を全うさせる。……それが貴様らの任務だ」


閻魔は立ち上がり、六人を見渡して声を張り上げた。

「率直に言う!生きやすい世をつくれ!」


あまりの直球に、一同は呆気に取られた。

「定義が広すぎます。あまりにも漠然としている」  

財前が抗議する。

「そんなこと私たち学生にできるの?」  

白川も不安げだ。紫門がニヤリと笑った。


「我々はできそうな奴だけを、ここに連れてきている」

「その冥府検分役になるためには?」  

京吾が問うと、紫門が答えた。

「言っただろう。登用試験がある」


「課題を与える。――衰退した京都を復興させよ」  

閻魔が宣言する。

「期間は一年。最も成果を上げた者一名だけを、次期、冥府検分役に任命する」


一年。たったそれだけで、死にかけた街を救えと言うのか。  

無茶だ。だが、京吾の喉はカラカラに乾き、心臓は早鐘を打っていた。  

聞かなければならない。一番重要なことを。


「……報酬は」  

京吾の声が震えた。  

閻魔が口元を歪め、ニヤリと笑う。

それは人の欲望を試す悪魔の笑みだった。


「……良い質問だ」

「冥府検分役に選ばれた一族には、私が『特別な加護』を与える。それは金ではない。地位でもない。だが……未来永劫、その一族が滅びることはない」


「……!」


(永遠の繁栄……だと?)  

その言葉を聞いた瞬間、京吾の脳裏に電流が走った。  

没落した実家。借金取りに頭を下げる母。  

そして日陰で生きるしかない紗夜。  

これがあれば、全てが変わる。飛鳥家は復活し、借金は消え、紗夜を一生守り抜くことができる。  

財前もまた、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。


閻魔は続ける。

「詳細は秘密だ。だが、絶対に損はさせん」

「衰退した京都を復興させよって、話が大きすぎて見えてきません」  

烏丸が困惑して訴える。

「それぞれが何をするか?考えろ。そこも含めての登用試験だ」


紫門が手を叩いた。

「は~い!これで質問終わり。おりこうな名門校の学生なんだ。てめえで考えろ」


閻魔が冷徹な瞳で締めくくる。

「私が求めているのは『変革』だ。これ以上、私の閻魔帳を『無駄死に』した愚か者の名前で汚させないプランを持ってこい」

「やるか、やらぬか。一週間以内に決めて、紫門に申し出ろ」

「早く決断して、早く始めたほうが有利だぞ~~~」  

またまた紫門が補足する。


一瞬の静寂。  

誰よりも早く、京吾が一歩前に出た。  

思考するよりも先に、生存本能が体を動かしていた。


「はい!はい!やります!!」  

元気よく手を挙げる京吾。

「俺が……俺たちがやります!」


「……俺……『たち』?」  

財前が冷ややかに眉をひそめる。


京吾は、隣にいる紗夜の手を咄嗟に掴んだ。  

華奢な指先が、冷たく震えている。  

このままでは、彼女は「役立たず」として切り捨てられるかもしれない。  

それだけは絶対に避けたかった。  

飛鳥家と入江家、どちらも再興させたい。


「俺は、こいつ……入江紗夜と二人で組んで、コンビで試験に挑みます!」

「えっ……!?」  

驚く紗夜。  

しかし閻魔は冷ややかに首を横に振った。


「……却下だ」

「なっ……!?」

「冥府検分役登用試験は、あくまで『個人の資質』を問う試験だ。徒党を組むことは認めん。一人で成果を出せぬ者に、冥府検分役の資格はない」


絶対的な拒絶。 財前が鼻で笑った。

「当然だ。……没落同士で傷の舐め合いなど、見苦しいにも程がある」

「そうね。一人じゃ何もできないと認めているようなものですわ」  

エリザも扇子で口元を隠して嘲笑する。


京吾は唇を噛み締めた。  

ここで引いてはいけない。一人での参加となれば、何の力もない紗夜は間違いなく脱落する。  

入江家も再興させるためには、何としても「二人で一つ」であることを認めさせなければならない。


(……くそっ。こうなったら)

(大嘘をついてやる!)


京吾は腹を括った。  

震える膝に力を込め、紗夜の手を痛いほど強く握りしめる。  

だがその手が震えているのは、紗夜だけではなかった。京吾自身の手もまた、恐怖で微かに震えていた。  

これを言ってしまえば、もう後戻りはできない。  

十年続いた「幼馴染」という心地よい関係は、二度と戻らない。  

もし失敗すれば、俺は紗夜を一生縛り付ける鎖になる。  ――それでも。


「はん。分かってねえな、大王様も、お前らも」

「なんだと?」

「こいつはただの幼馴染じゃねえ。……俺の婚約者フィアンセだ」

「えっ……!?」  

紗夜が目を見開き、顔を真っ赤にして京吾を見る。

(京吾くん、突然、何を言い出すの?)  

エリザと財前も、虚を突かれたような顔をした。


「没落した両家の再興を賭けて、夫婦めおとになる二人だ。一蓮托生、二人で一人なんだよ」


京吾の声が、広間に朗々と響く。  

それは自分自身さえも騙すための、必死の演技だ。  

だがその言葉は、紗夜の未来を人生を、飛鳥家に巻き込むという「罪」の告白でもあった。


「たとえ試験でも、夫婦を引き裂くなんて野暮な真似……地獄の王ともあろうお方が、なさるんですか?」

京吾は閻魔を睨みつけた。  心臓が破裂しそうだ。

もし逆鱗に触れれば、この場で殺されるかもしれない。  

隣の紗夜の手が、汗ばんでいるのが分かる。  

彼女もまた、この「嘘」の意味を瞬時に悟ったのだ。


紗夜は否定しなかった。  

ただ京吾の手をギュッと握り返し、無言で彼に寄り添った。  

その体温が「私は共犯者になる」と告げていた。  

彼女もまた、この一瞬で「ただの幼馴染」であることを捨てたのだ。


閻魔はじっと、繋がれた二人の手を見下ろし……そして、興味深そうに口元を歪めた。


「……ほう。夫婦か」  

その深紅の瞳が、一瞬、紗夜を見て細められる。何か値踏みをするように。  

あるいは、彼女の中に眠る「何か」に気づいたように。

「……よかろう。特例を認めてやる」

「!」

「愛だの恋だので、凡人がどこまで足掻けるか……興味がある。貴様のそのハッタリを信じたわけではないがな」


京吾は膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。

通った。 嘘が、神(閻魔)に通じたのだ。


するとその空気を切り裂くように、財前が一歩前に出た。

「フン。……僕も参加する」  

眼鏡の奥の瞳が、冷たく光っている。

「公爵家の責務ノブレス・オブリージュとしてな。この街を最も効率的に、最も合理的に再生させてみせよう」

「私もよ」  

エリザも扇子をバチリと閉じた。

「こんな血筋だけの貧乏人(飛鳥)に京都を任せられないわ。日本の泥臭さを一掃し、私の美意識でこの街を文明化してみせますわ」


「俺もだ! 古き良き京を取り戻す!」

「まだよくわかってないけど、私もやるわ!」  

烏丸と白川も続いて声を上げた。  

全員が参加を表明したのだ。賽は投げられた。


「ただし、飛鳥。……勘違いするなよ」  

財前が、冷たい瞳で京吾と紗夜を見下ろす。

「君は僕と同じ土俵にすら立てていない。ただの『賑やかし』だ」

「そうね。せいぜい、私たちの引き立て役になりなさい」  

エリザが嘲笑する。


「君らごときの没落士族に何ができる?」

「実質は四名だけの勝負ね」


エリートたちの容赦ない言葉。彼らの背後には、圧倒的な財力と権力がある。  

京吾は唇を噛み締め、何も言い返さない。  

言い返せるだけの「武器」が、今の自分には何もないからだ。  

あるのは、口から出まかせの「婚約」という設定だけ。


だが、その時。  

紗夜の手が、京吾の手をさらに強く握りしめた。  

京吾はハッとして隣を見る。  

紗夜は俯いていたが、その横顔には強い怒りと決意が滲んでいた。


(負けない。……絶対に、見返してやる)

(この人たちに、京吾くんを馬鹿にしたままにさせておかない)

声には出さずとも、その思いは京吾に痛いほど伝わってきた。


紫門がパンと手を叩いた。

「おー決まりだな。全員参加だぜ!」  

紫門はニヤリと笑い、煙管を吹かした。紫煙が彼岸花の上を流れていく。

「とっとと始めようか!地獄の運動会の開幕だ」


こうして、六人の若者たちによる、京都の命運を賭けた「復興合戦」が始まった。  

そして同時に、京吾と紗夜の運命を縛る「嘘つき婚約」もまた、地獄の底で静かに幕を開けたのだった。

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